三国志演義のなかでも最大の見せ場のひとつ、「赤壁の戦い」。孫権と劉備の連合軍が、赤壁で曹操軍を撃退し、山中を逃げる曹操に猛烈な追跡をかけ、あと一歩で曹操を討ち取れるところまで追いつめたとされています。
曹操はこの山中の追跡からギリギリで逃げ延びたものの、中国統一の完成は一気に遠のくこととなりました。この戦いを契機として、曹操、孫権、劉備の三国鼎立に時代の趨勢は向かっていきます。ですが、今回はこの赤壁の戦いに、突飛な「イフ」設定を差し込んで、架空の歴史展開を考えてみたいと思います。
つまり、「曹操追跡中に、劉備が急死してしまったら?」というものです。普通に考えれば、赤壁に勝利したものの、その直後に劉備が死亡したら劉備軍はそのまま崩壊し、曹操と孫権の二強時代になる、と考えるところでしょう。ところが今回はあえて、「赤壁で劉備が戦死することがむしろ曹操の脅威になる」という展開があり得るのではないかと、考えてみました!
なにしろ、現実の世界史には、「カリスマ的なリーダーが死亡したことで、その後継組織の団結がむしろ強くなる」というパターンがいくつかあります!それらをヒントに、架空歴史を考察してみましょう!
この記事の目次
赤壁勝利の直後、劉備玄徳、山道の落石に散る!?
事件は、先述した、曹操追跡戦のさなかに起こります。細い山道で、追い詰められた曹操の兵が仕掛けた落石が、劉備を直撃!
かつて孫堅(孫権の父)が辿った道、落石の罠にかかっての、突然の「リーダー急死」発生です!
残されたのは、まだ二歳の劉禅。長坂の戦いで、趙雲が敵陣から抱いて救い出したばかりの、まだ赤子です。軍を率いる主君はいない。領地もない。あるのは、二歳の遺児と、劉備の思い出を胸に刻んだ、関羽・張飛・諸葛亮だけ。普通の組織なら、とうてい立ち直れそうにない状況です。
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三国志世界における起死回生策、「宗教国家化」を目指す劉備軍!
ここで、ひとつ思い出していただきたいことがあります。そもそも三国志の物語は、太平道という宗教教団が起こした黄巾の乱から始まっています。さらにこの時期には、五斗米道という宗教団体を使って領地を運営している張魯も健在です。
三国志の世界では、「宗教的な絆が、中央の権力への対抗で団結する」ことの有効性は証明済み!そもそもこの時の劉備軍には、領土はありませんが、荊州から劉備を頼って付き従った十万の難民がいます。劉備が最後まで見捨てず、行軍速度を落としてまで孫権軍の領土まで保護し続けた十万人です。
この難民は、劉備が死亡すれば、即解散でしょうか?そうはならないでしょう。「あの偉大な劉備様のことを慕う者どうしで、劉備様の遺志を継ぐ共同体を作ろう」と諸葛亮が呼び掛ければ、この十万人が熱気をもってついてくるのではないでしょうか!?
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新君主は劉禅、補佐するのは関羽・張飛・諸葛亮!
こうして荊州南部の山岳地帯に、赤子の劉禅をいただく、「劉備教団」が旗を揚げます。役割分担は、おそらくこうなるでしょう。
まず諸葛亮。彼がやるのは、劉備という人物の遺志を言葉にまとめ、人々に流布する、イデオロギー担当です。劉備のキャラクターは神格化され、曹操は悪魔として強調され、「漢室復興」は戦略目標から信仰的なスローガンに変わります。
次に関羽。もともと宗教的カリスマの素質も持つ彼は、軍の総司令官を担当すると同時に、赤子の劉禅の傍らに常に座り、祭祀を司る立場に立ちます。軍を掌握すると同時に、教団の顔となるわけです。
そして張飛。彼は十万の難民の中から精鋭を募り、工作部隊を作ります。この役割は、山を駆け、谷を渡り、曹操軍の補給部隊を襲っては消える、まさに神出鬼没のゲリラ部隊!
日本史でいえば、千早城で鎌倉幕府の大軍を翻弄した楠木正成!近代でいえば、少数の同志だけで大国を揺さぶったチェ・ゲバラ!その先駆けのような戦い方を、張飛が担うことになります。
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もしかしたら史実の「蜀」よりも強くなる?巨大な曹操軍を追い込む「ゲリラ戦術」
もちろん、曹操軍は圧倒的な大軍です。しかし世界史が証明するのは、大軍には、大軍ならではの弱点が生まれることです。第一に、補給線が長くなること。山岳ゲリラにとって、これほど狙いやすい標的はありません。
第二に、大軍は「点」しか占領できないこと。城や街道は押さえられても、山と村の広がる「面」までは支配できません。
さらに曹操にとって厄介なのが、呉の存在です。孫権にとって、荊州はいずれ手に入れたい土地。しかし、曹操と劉備教団がそこで延々と消耗し合ってくれるなら、これほど都合のいい話はありません。
孫権は表向き中立を装いつつ、密かに武器と兵糧を山へ流し続けるでしょう。現代でいう、ゲリラ民兵組織をひそかに中堅国が支援する「代理戦争」の構図です。
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まとめ:軍事では敗れても、団結で勝つ!
とはいえ、ゲリラはゲリラです。国家にはなれません。数十年のうちに、関羽は戦死し、張飛も倒れ、諸葛亮もまた山中で世を去るでしょう。死去したカリスマリーダーの思い出だけにすがる教団は、持続性がなく、世代が変わることをもって衰退していくでしょう。
しかし、かのチェ・ゲバラのごとく、軍事では負け、歴史の中でその勢力は自然消滅したとしても、「カリスマ的な人望のリーダーの遺志を継いで大国に立ち向かった人々がいた」ということは歴史の記憶に深く刻まれることでしょう。
とりわけ、曹操や孫権のような大物たちを相手に、軍事で負けていても、団結の強さで十分に「三勢力のひとつ」として渡り合った劉備教団は、伝説として人々の心に残るのみならず、21世紀になってから「覇権国へ弱小勢力が挑む場合の戦い方の事例」として、世界中の軍事学者に研究されることになったかもしれません。
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三国志ライターYASHIROの独り言
もしかしたら史実の「蜀」より強いかもしれない、この「宗教的ゲリラ軍団」!曹操を史実よりも遥かに追い詰める可能性すら秘めていたのではないかと考えましたが、いかがでしょうか?
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