2020年12月11日、『新解釈・三國志』が封切られます。
主演の劉備が大泉洋、曹操を小栗旬、諸葛亮の妻の黄夫人を橋本環奈が演じるという事もあり、三国志をあまり知らない方も、劇場まで足を運んでいくのではないかと推測します。
もちろん、コメディ要素満載の『新解釈・三國志』は三国志について詳しい知識がなくても楽しめますが、少し知っていた方が、より楽しめるのも事実。そこで、今回は主人公の劉備と諸葛亮の間柄を現した「水魚の交わり」について、誰でも分かるようにかみ砕いて解説します。
この記事の目次
水魚の交わりとは?
では、最初に水魚の交わりについて解説しましょう。
これは、「魚は水がないところでは生きていられないので水から離れられない」という意味で、転じて引き離しようがない掛け替えのない人間関係になります。また、魚は水の勢いを得て泳ぐ事が出来るので、「活躍できる場所や人材を得る」という意味でも使われます。
水魚の交わりという場合、劉備は魚で諸葛亮は水、だから劉備は諸葛亮の側から離れる事が出来ない。それくらい二人の仲が親密という意味にもなります。
しかし、男女ならともかく、いいおっさんの劉備と諸葛亮がどうして離れていられない程に親密なのでしょうか?この点については、次に説明しましょう。
諸葛亮を得て、劉備はどん底から抜け出せる
諸葛亮を配下に加える前、劉備は、関羽、張飛、趙雲のような豪傑を配下にしていました。
しかし、この人たちケンカは強いですが、組織を運営し利益を出すという事には、全くの素人でした。
結果、劉備は袁紹や劉表というような群雄に傭兵として使われるだけで、一向に独立した地盤が持てず、雇い主が宿敵の曹操に撃破されると、遠くへ逃げていき、別の群雄に拾われるを繰り返していました。
例えるなら、劉備の軍団は大企業の下請けで、自分で仕事を産み出す事も販路開拓も出来ない小さな町工場みたいなものです。
ところが、荊州の地で劉備が得た諸葛亮は、劉備の配下にはいなかった長期的な戦略を立て組織を育成して大きくしていき、地盤を得て利益を出すという方面に才能がある人だったのです。
劉備は諸葛亮のアドバイスを受け赤壁の戦いで宿敵曹操に勝利した後、荊州に地盤を得て、その後、さらに益州の群雄の劉璋を降して益州を乗っ取る形で蜀を建国しますが、このような複雑な計略は、関羽や張飛、趙雲という豪傑には不可能でした。
唯一無二、自分を助けてくれる存在である諸葛亮は、劉備にとって片時も離したくない貴重な人材となり、まさに水と魚の関係に例えられたのです。
水魚の交わりの言葉は、いつ生まれたの?
では、水魚の交わりと言う言葉はいつ生まれたのでしょうか?
意気投合して、親密な付き合いを続ける劉備と諸葛亮ですが、そのせいで、それまで親密だった劉備と張飛・関羽の関係は疎遠になっていきます。
これまで20年以上義兄弟として劉備に仕えてきた関羽と張飛は、劉備を新参の諸葛亮に取られたので、そりゃあ面白くありません。
張子「なによ!口をあければ孔明!孔明って!兄者の浮気者」
関子「そうよ!兄者はあたいたちの事なんか忘れちゃったのね」
こうして、関羽と張飛はへそを曲げたので、困った劉備は、
「俺と諸葛亮は水と魚の関係だから、離れられない勘弁してくれよ」と弁解し、張飛と関羽は、ようやく焼きもちをやくのをやめたと言われています。これが水魚の交わりの出典なのだそうです。
関連記事:え!張飛が主人公?三国志平話はどうやって日本に伝わってきたの?
関連記事:関羽・張飛は加入したばかりの諸葛亮に嫉妬していた?
水魚とは俺のヨメという意味
しかし、よくよく考えると劉備が「俺と孔明は水と魚だ!」と言ったからって、関羽と張飛が納得して引っ込むのは不思議じゃないですか?
逆に張飛や関羽が「あたいたちは水じゃないって言うの?キーーーーッ!」とならないのが不思議です。実は、ここには「水魚の交わり」の隠された意味が関係しているようです。
水棲生物である魚類は、陸上の生物に比較して非常に沢山の卵を産む事で知られていて、魚と水は繁殖の象徴、つまり陰陽和合の夫婦や恋人の隠喩でもあるのです。
つまり劉備は、孔明は俺のヨメ、関羽と張飛は兄弟、ヨメに嫉妬すんなよと言ったのであり、そのために関羽と張飛は「なーんだ、ヨメならしょうがない」とあきらめたという事です。
【次のページに続きます】