ライセンシー募集
項羽vs呂布

はじめての三国志

menu

デザイン担当:よりぶりん

孫策、旧勢力に恨まれ無念の死を遂げる

この記事の所要時間: 349




呂布 VS 曹操

 

三国志の英雄、曹操(そうそう)袁紹(えんしょう)劉備(りゅうび)

呂布(りょふ)、袁術(えんじゅつ)達が、中原の覇権を巡り、

死闘を繰り広げている頃、長江を渡った華南地域でも

大きな歴史的な動きが起こっていました。

 

それが、孫堅(そんけん)の遺児である小覇王、孫策(そんさく)の

電撃的な江南、江東の攻略です。




小覇王ってどういう意味?

孫策

 

因みに小覇王とは、小さい覇王という意味ではなく、

覇王ジュニアという意味で、若き覇者という意味になります。

確かに孫策(そんさく)にぴったりの称号だと思います。




そもそも孫策(そんさく)は今まで何をしてたの?

袁術 伝説 ゆるキャラ

 

元々は、袁術(えんじゅつ)の下で武将として活躍していた孫策(そんさく)は、

短期間で武将としての能力を磨き、20歳では、袁術(えんじゅつ)から離れて、

揚州の曲阿という地域に地盤を持って自立。

 

長江を南下して、王朗(おうろう)、許貢(きょこう)という

江南地帯の実力者を次々に撃破して、中原とは独自に、

巨大な勢力を創り上げていたのです。

 

 

江南地域は中原とどう違うの?

三国志 蜀

 

元々、江南地域は、水が豊富で土壌も肥えていて、

米が豊に獲れる程の地域です。

 

そこを、弱冠20歳、そこそこの孫策(そんさく)が制圧していたのです。

 

曹操も孫策に注目していた

抜き出た曹操

 

中原で献帝(けんてい)を擁立して、他の群雄に抜きん出ていきつつあった

曹操(そうそう)もこの小覇王の動向を気にしていて、

あわよくば味方につけようと、従兄弟の曹仁(そうじん)の娘を

孫策(そんさく)に与えて、懐柔策を取っていました。

 

しかし、若い覇王は、その程度の懐柔では満足しません。

すでに、「中原で鹿を追う」(※天下を争う事を言う慣用句)としていた

孫策(そんさく)は、曹操(そうそう)に大司馬の位を要求しています。

 

 

大司馬は軍事の最高職の階級ですが、曹操(そうそう)は

孫策(そんさく)の生意気な態度に立腹したのか、これを断りました。

 

 

激怒した孫策、曹操を襲撃しようと目論む

孫策

 

それに激怒した孫策(そんさく)は、大兵力を持って曹操(そうそう)の

本拠地である許都を襲撃しようという計画を立てていきます。

 

当時の曹操(そうそう)は、袁紹(えんしょう)との戦いに忙しく、

余裕が無い状態であり、計画が隠密裏で進めば、もしかしての可能性はありました。

 

 

ところが、孫策(そんさく)の計画は、元の呉の領主である

許貢(きょこう)によって、曹操(そうそう)に密告されてしまったのです。

 

 

「おいおい、危ねえ、危ねえ、、孫策の野郎、そんな事を考えて

いやがったのか、、」

 

 

曹操(そうそう)は、孫策(そんさく)の計画を知ると、

許都の守りを固めてしまいました。

 

孫策(そんさく)は、許貢(きょこう)が秘密を漏らした事を知って、

激怒して、これを殺してしまいます。

 

 

正史の記録の許貢(きょこう)

漢王朝 平定 安心

 

 

正史の記録によると、許貢(きょこう)は、曹操(そうそう)に対して、

 

「孫策は、楚の覇王、項羽(こうう)に似て自信過剰で危険な野心家です。

是非とも、勅命によって都に招聘して身分を与えて飼い殺しにすべきで、

江南に放置しておくと、とんでもない禍いを招くでしょう。」

 

 

という孫策(そんさく)を警戒せよという内容の手紙を書いたとされています。

 

 

その手紙は、孫策(そんさく)の配下によって確保されて

孫策(そんさく)に露見してしまい

 

許貢(きょこう)は「この手紙は自分が書いたものではない」と強弁しましたが、

許されず、絞首刑に処されたとされています。

 

 

が、話はこれで終わりませんでした。

 

許貢(きょこう)には、彼が世話している何名かの食客が存在したのです。

 

食客とは、衣食住の世話を見てもらう代りに、主君の雑用をこなす

人々の事で、多くが任侠の徒だったようです。

 

 

食客は孫策を討つことを決意する

aaa8f4c70c62551fda32657fe6f72a79_m

 

許貢(きょこう)が殺された事を知った、その食客は、

どうしても仇を討つと、仲間と3名で、孫策(そんさく)をつけ狙い、

とうとう、孫策(そんさく)が狩りに出て、一人の時を見計らい、襲いかかりました。

 

孫策(そんさく)は、これら3名を一人で斬り殺してしまいます。

 

が、死ぬ寸前に1人が放った矢が孫策(そんさく)の頬を貫通してしまうのです。

 

傷は、死にいたる程ではありませんでしたが、

顔に出来た傷は、ハンサムで知られた孫策(そんさく)の容貌を著しく悪くしました。

 

 

孫策(そんさく)の頬に傷

孫策 頬

 

 

孫策(そんさく)は、包帯を取り外して見えた頬の醜い傷を見るなり、

 

 

「なんという事だ、このような無様な姿になっては、

天下に覇を唱える事は、もはや叶わぬ!!」

 

 

と絶叫し、その瞬間に頬の傷が開いて大量の出血を起こしたと伝承では言われています。

 

 

孫策・後継者を孫権(そんけん)に委ねる

孫権と三国アヒル

 

以後、孫策(そんさく)の容態は日に日に悪くなり、死は避けられない運びになります。

死期を悟った孫策(そんさく)は、息子ではなく、

弟の孫権(そんけん)を枕元に呼び、自分に代わって呉の政治を見るように告げ、

26年の生涯を閉じました。

 

 

孫策の人生

孫策

 

 

通常、一国の主ともなれば、身辺に恨みを買うものですから、

警戒を厳重にし、一人にはならないのが普通です。

 

 

ところが、この孫策(そんさく)は、きままな所があり、覇者となり、

数万の軍勢を有する立場になっても少数の部下と狩りに行ったり

チキンレースのように許都に近い所で野営したりとリスクを軽視する傾向がありました。

 

 

正史には、劉繇(りゅうよう)の配下であった太史慈(たいしじ)と

狩りの最中に出会い、挑発に応じて、一騎打ちをして引き分けたという逸話まであります。

ここで負けていたら、後の呉は無かったのですから、孫策(そんさく)の

ワガママ気ままは、天性のモノだったのでしょう。

 

関連記事:たった26年の生涯を駆け抜けた小覇王・孫策

関連記事:群雄の名言から知る三国志の世界【小覇王孫策の名言】

関連記事:孫策・周瑜の断金の交わりを生み出したのは袁術のおかげだった!?

関連記事:孫堅(そんけん)ってどんな人?「江東の虎」と群雄達から恐れられた孫策・孫権の父親




よく読まれている記事

真田丸 劉備

 

よく読まれている記事:みんな大好きウ◯チの話!三国志時代のトイレ事情

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

 

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:kawauso

kawauso

■自己紹介:

どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。

もちろん、食べるのはサーモンです。

 

関連記事

  1. 【三国志の3大軍師を比較】孔明、周瑜、郭嘉の●●●ランキング!
  2. 曹嵩(そうすう)はどこの誰なのか?徐州大虐殺の切っ掛けにもなった…
  3. 王濬(おうしゅん)とはどんな人?呉を平定し、三国時代の終焉させた…
  4. 三国志とキングダムのそっくり武将は誰?|信と呂蒙
  5. 劉瞱(りゅうよう)ってどんな人?王族出身の名門参謀でもあり魏の重…
  6. 【シミルボン】兵士達の心のオアシス、軍市とはどんなモノだったの?…
  7. 曹丕、それはちょっとやり過ぎじゃね?孟達への溺愛っぷりがヤバイ!…
  8. 99話:荊州を餌に孫権に合肥を攻めさせる劉備

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 聶政(じょうせい)の律儀な性格と自分の顔を削って自刃した刺客の最期
  2. 【劉邦暗殺計画】劉邦の態度のでかさに激怒した家臣達
  3. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十一話「さらば愛しき人よ」の見どころ紹介
  4. 華歆(かきん)とはどんな人?孫呉の英雄達に仕えた文官
  5. これぞ戦争の極意!!兵家の思想ってどんな思想?
  6. 古代中国のコペルニクスは孔明だった?彼はなぜ天文学を学んだの?

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

丁奉(ていほう)ってどんな人?呉の混乱期において、呉を支えた重臣 【キングダム】始皇帝に皇后がいない?その理由について考えてみた 島津家久(しまづいえひさ)とはどんな人?最大の戦果を挙げ続けた島津四兄弟の闘将 夏侯嬰(かこうえい)ってどんな人?劉邦を挙兵時代から支えた夏候惇の先祖 神回『犬伏の別れ』の裏側、真田丸と韓信には深い関係性があった 陳平(ちんぺい)とはどんな人?詐欺師か、天才軍師か?謀略の達人 後藤又兵衛(後藤基次)はどんな最期を遂げるの? 114話:蜀キラー陸遜、劉備を打ち破るための不気味な沈黙

おすすめ記事

  1. 曹操くんポカーン。こやつ何を言ってるんじゃ?古代中国の方言から現代中国の方言まで徹底解説!
  2. 赤壁の戦い後の江陵攻防戦(曹仁VS周瑜)
  3. 徳川家が豊臣を滅ぼすきっかけとなったのはどんな理由だったの?
  4. 季布(きふ)とはどんな人?一度承諾した約束は絶対に破らない事で天下に名を轟かせた名将【前半】
  5. 三国志時代のペット事情が興味深い!陸遜の孫も犬を可愛がっていた!
  6. 法正は名軍師だったの?性格が最悪な徳性なき蜀の天才参謀
  7. 三国志の時代の庶民の家はどんな建物をしていたの?
  8. その裏切りはちょっと!!三国志の裏切りベスト10

はじさん企画

帝政ローマ
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
はじめての三国志TV
PAGE TOP