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【管鮑の交わりとは何?】管仲と鮑叔の友情を描いた故事

2016年2月21日


 

孔明 出師

 

三国時代のスーパー軍師・諸葛亮孔明

若い頃春秋時代に登場した人を目指しておりました。

孔明が目指した一人である春秋戦国時代の名宰相・管仲(かんちゅう)。

彼は鮑叔と言う人物と非常に深い信頼関係を結び、敵味方に分かれてもその友情は

色あせる事はありませんでした。

孔明もたぶん管仲と鮑叔の関係性を手本としたであろう「管鮑の交わり」

についてご紹介したいと思います。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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そもそも管鮑の交わりとは

 

 

そもそも管鮑の交わりとは一体どのような言葉なのでしょうか。

分かりやすく簡単に申しますと、「お互いに深く信頼しあい、自分たちの立場

が大きく変わったとしても変わる事のない友情」の事です。

管仲と鮑叔の出来事からこの言葉が成立しているため、

「管鮑の交わり」となっているのです。

 

深い友情を結ぶ

 

 

管仲は貴族出身の鮑叔と商売をした事がありました。

管仲の家は貧乏であったため、鮑叔に金を出してもらい商売を開始。

二人は別々の地域で、別々の物を扱い、利益を上げていきます。

こうして順調に利益を上げる事に成功した二人は、商売で儲けたお金を分配するため

一度合流します。

管仲は利益を分配しようとした際に多くの利益を取ります。

鮑叔は自らの分配が少ない事に不満を一言も漏らさず、そのまま黙って受け取ります。

管仲はある日、彼が非常に忙しいと聞き、仕事を手伝いますが、

かえって彼に迷惑をかけてしまいます。

この時鮑叔は「物事には上手くいくときとそうでないときがある。

今回はたまたま上手くいかなっただけだから気にするな」と管仲に励まし言葉と

感謝の言葉を伝えます。

管仲は地元斉で何度も就職しますが、その都度仕事に結果を出すことが出来ず、

クビになります。

鮑叔は管仲が何回もクビになっていることを知り「管仲よ。あなたが仕事を

クビになったのは、あなたが活躍する時期が来ていないからだ。だから

気にせず、前向きに行こうぜ。」と激励の言葉を送ります。

管仲としては貴族の坊ちゃんが何言ってやがると反発心もあったでしょうが、

彼が窮地に陥ったり、つらい事があったりするといつも最初に

彼の元を訪れてくれたのは鮑叔でした。

こうして二人の関係性は深くなり、固い絆で結ばれていきます。

 

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斉公の後継者争いに巻き込まれ、二人は敵味方に分かれる

 

 

こうして二人は深い友情を結びますが、友情を破壊しかねない

最大の危機が訪れます。

それは斉公の後継者争いです。

鮑叔は斉公の公子である小白に長年仕え、管仲は公子糾に仕えておりました。

斉王が生きている間は何事もなく、二人の公子の関係性も悪くなく、

管仲と鮑叔の関係性も一層深まっていきます。

しかし、斉公は従兄弟の公孫無知(こうそんむち)が起こしたクーデターによって殺害。

クーデターを起こした公孫無知も鎮圧軍によって討たれてしまいます。

こうして斉は王不在の状態になります。

斉国内は二人の公子どちらを斉王にするか議論を尽くしますが、答えは二分され出ませんでした。

こうした国内の状況を聞いた二人の公子は、

斉公になるため急いで首都・臨淄へ向かいます。

 

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鮑叔の主君公子小白を狙い撃つぜ!!

 

 

管仲は公子糾を首都臨淄へ急がせると共に、公子小白を亡き者にするため、

自らは小白が通りそうな道に隠れます。

管仲は小白がその道を通ると彼目掛けて毒矢を放ちます。

毒矢は見事、小白に当たります。

管仲は公子小白が居なくなり、白い棺が出てきた事を確認すると

公子糾と合流し首都臨淄へ向かいます。

 

不死身の公子小白

 

 

しかし首都臨淄の城壁に翻っていた旗を見て、公子糾と管仲は驚きます。

なんと殺したはずの公子小白の旗が翻っていたのです。

公子小白は管仲の弓矢に当たったのですが、彼が巻いていたベルトに当たった

為、死に至る事はなかったのです。

公子糾は臨淄へ入れなかったため、自らの領地である魯へ引き上げます。

 

敵味方に分かれてもその友情は壊れない

水魚の交わり

 

斉公になった公子小白こと桓公は、公子糾を討つため魯へ大軍を差し向けます。

公子糾や管仲らは城に籠って迎撃しますが、斉の軍勢は強く危機的な状況に

陥ります。

そんな中桓公は城内に使者を送り「兵を退いてほしければ、公子糾の首と管仲、召忽

の身柄を引き渡せ」と要求。

公子糾と召忽は自刃。管仲は桓公へ身柄を引き渡されます。

管仲はその後首都臨淄へ連れて来られると、解放されます。

管仲は桓公に「なぜ私を解放するのですか。」と尋ねます。

すると桓公は「私はあなたを殺すつもりであったのだが、

鮑叔が『天下の覇権を握りたければ、彼の罪を許し、宰相にするべきです。』

と言ったのでな。あなたの罪を許し、宰相へ就いて頂きたい。」と説得。

 

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最高の友人鮑叔からの激励

 

 

管仲は桓公の誘いに受け、罪人から宰相へ物凄い出世を遂げます。

彼は宰相に任命されるとまず鮑叔の所へ行き「私の命を助けてくれ、

さらに宰相へ推薦してくれて本当にありがとう。」と頭を下げて感謝します。

鮑叔は「気にするな。私は君の才能を昔から認めている。昔何回か就職して、

クビになった事があっただろう。私はこの時あなたが宰相の位にでも

ならなければ活躍できないと思っていた。

そして今回宰相の位に就くことができた。これからは私が補佐に回るから

大いに活躍してくれ。」と彼を大いに激励。

管仲は彼の激励と補佐を受けて、大いに活躍し、ついに桓公を天下の覇者へ

導くことになるのです。

 

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三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

常日頃から、深い信頼関係を結んでいた鮑叔と管仲。

敵味方に分かれてもその友情は途切れることなく、さらに厚い友情を

結ぶことになります。

このような素晴らしい関係性を持った二人の物語が「管鮑の交わり」

と言われる故事となって現在まで残る事になります。

この二人の関係性を築くのはそう簡単な事ではありません。

人はお互いを認め合い、深い信頼関係を構築した時、

二人のような関係性を結ぶことができるのだと思います。

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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