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【ポスト五虎大将軍】蜀の四龍将が生きていれば蜀は魏を倒せた?

この記事の所要時間: 410




趙雲

 

蜀と言えば、五虎大将軍が余りにも有名です。

しかし、この五虎大将軍の死後を引き継いで、蜀を防衛した

蜀の四龍将(しりゅうしょう)については、あまり認知度がないのではないでしょうか?

そこで、今回は知られざる、蜀の四龍将について紹介します。




蜀の四龍将って何?初耳なんだけど

四龍将

 

蜀の四龍将とは、王平子均(おうへい・しきん)

張翼伯恭(ちょうよく・はくきょう)張嶷伯岐(ちょうぎ・はくき)

廖化元倹(りょうか・げんけん)の4名です。

 

彼等は、劉備の入蜀後に配下に加わり、ある者は北伐を助け、

またある者は、孔明没後の蜀を防衛するなど、五虎将軍に劣らない

働きをして、蜀の命脈を繋いでいきました。

 

え?はい?だから、四龍将ってどこに書いてあるって?

どこにも書いていません、今、kawausoが命名したんです。

 

朝まで三国志 kawauso

 

だって、五虎大将軍だって、三国志演義の作者が創作したもので、

同時代には、そんな呼び名は無かったのです。

 

この四名は、時々四猛将という括りで呼ばれますが、

ポスト、五虎大将軍なら、せめてライバル的な龍でいいでしょう。




蜀の四龍将を簡単に紹介

表情 kawausoさん01

 

では、ポスト五虎大将軍の後継者とも言うべき、蜀の四龍将の経歴を

超簡単に紹介しましょう。

 

蜀の四龍将:王平子均(おうへい・しきん)

王平 四龍将

 

王平:元々は魏将、異民族の板盾蕃(ばんじゅんばん)の出身とも言われる。

定軍山の戦いで、魏が敗れた時に蜀に降伏する。

戦争の連続で勉学するヒマもなく、書ける漢字は10文字程度

という文盲に近い人だったが、勝負勘は抜群。

特に街亭で、張郃に敗れて壊走した馬稷に代わって踏み留まり

孔明の本体に撤退の時間を稼いだ事で大きな評価を受ける。

 

西暦244年、魏の曹爽(そうそう)の10万の大軍を漢中の守備兵、

3万で迎え撃ち、これを撃退するという大手柄を挙げる。

 

関連記事:王平(おうへい)ってどんな人?馬稷の山登りを止めようとした蜀の武将

関連記事:【素朴な疑問】蜀漢って国内はどうなっていたの?蜀軍の配置から北伐や蜀の情勢が見えてくる!

 

蜀の四龍将:張翼伯恭(ちょうよく・はくきょう)

張翼 四龍将

 

張翼:益州の出身、劉備の入蜀後に取り立てられる。

定軍山の戦いでは、趙雲に従い、大きな手柄を立てたとされる。

南夷支配に、大きな功績を上げたが、法令が厳し過ぎる事から、

南夷民族に不興を買い、交替させられて成都に帰還する。

その際に反乱を予期して後任の武将の為に、食糧と武器の備えを万全にした。

案の定、後任の馬忠の時に南蛮の反乱が起きるが、

馬忠は、張翼の備えに頼り見事に反乱を鎮圧出来た。

 

姜維の北伐では批判的だったが、最後まで参加した。

一方の姜維も批判的な張翼には不快感があったが、

その力は余人に変え難いので、黙って使っていたという。

 

関連記事:張翼(ちょうよく)ってどんな人?歴代丞相と共に北伐へ参加した蜀の重臣

関連記事:孔明とは違うのだよ!天才姜維の斜め上北伐とは?両者の徹底比較

 

蜀の四龍将: 張嶷伯岐(ちょうぎ・はくき)

四龍将 張嶷

 

張嶷:益州出身、貧家の生まれだったが、勇気は抜きんでていた。

劉備の入蜀後、南充県を山賊が襲う事件が起きる。

 

南充県令は、山賊の勢いを恐れて、妻子を捨てて逃亡(劉備みたい・・)

しかし、功曹だった張嶷は逃げず、山賊の白刃をかいくぐり、

見事に、県令の妻子を救いだした(趙雲みたい・・)

これを聞いた劉備は張嶷を重く用いるようになった。

 

その後は、上官の馬忠と共に、西南夷討伐と北伐に活躍、

遠征でチベット系羌族の討伐に辺り手柄を立てる。

一方で、恭順した異民族へは思いやりを尽くして接したので、

彼が帰還すると聞くと、彼等は車の車輪に縋って涙を流したという。

 

関連記事:張嶷(ちょうぎょく)とはどんな人?異民族討伐のプロフェッショナルだった蜀の将軍【前編】

 

蜀の四龍将:廖化元倹(りょうか・げんけん)

廖化 四龍将

 

 

廖化:荊州の出身、正史に名前が出てくるのは、

関羽(かんう)の主簿を勤めていた時の事で西暦218年頃の事。

後に、関羽が呉の呂蒙(りょもう)に敗れると降伏する。

しかし、蜀に戻りたい一心で、自分は死んだというデマを流し

老母を背負って、蜀へと逃亡、そのまま夷陵の戦いに参加するという

忙しい人生を送る、性格は激烈で果断だった。

 

姜維が北伐を再開すると北伐を支えるが、魏将・郭淮(かくわい)

鄧艾(とうがい)を相手には大きな戦果を上げる事が出来ず、

晩年には北伐に拘る姜維に批判的だった。

 

彼等4人は、孔明の死後に、それぞれ、昇進して、左右車騎将軍、

鎮北大将軍に任じられたり、北伐、南征などで異民族の制圧に

大きな戦果を上げた優秀な武将ばかりです。

すでに、劉備も孔明も亡き後という事を考えても、四龍将と言うに

相応しい功績があると言えます。

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