皆さん三国志と言えば蜀がメジャーだと思います。
蜀の初代君主劉備(りゅうび)の時代は魏・呉と比較し兵力や国力は低いですが、
将軍の質は一番でした。
特に優れていた将軍は五虎将軍として名を連ねる事になります。
しかしこの五虎将軍、実は後世の創作です。
今回は創作に至った理由と五虎将軍の由来をお話していきます。
この記事の目次
そもそも五虎将軍とは一体なに?
蜀の劉備は漢中を曹操軍から奪うと彼は、漢中王になります。
劉備はこの時、長年支えてくれた文官や武将達に官職を与えます。
彼は特に優れた武将五人を五虎将軍として特別に扱う事にします。
五虎将軍に選ばれた五人は桃園の誓いを行った関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)の義兄弟。
忠烈無比で劉備から「子龍。一身これ全て胆なり」と激賞された趙雲(ちょううん)。
弓矢の名人黄忠(こうちゅう)。
涼州の錦馬超である馬超(ばちょう)。
この五人が五虎将軍として選ばれる事になります。
五虎将軍は記載されていない
武将として優れていた五人は五虎将軍に名を刻みますが、
実は五虎将軍の名称は陳寿が書いた「正史三国志」には
一切記載されておりません。
また羅貫中(らかんちゅう)が書いた「三国志演義」にも記載されておりません。
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いつから五虎将軍が存在するの
五虎将軍の名称が生まれたのは、三国時代から1300年以上
後の時代の15世紀の中国でまとめられた三国志演義で
はじめて登場する名称です。
それ以前の三国志演義や三国志に関する講談本には一切出てきませんでした。
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それじゃなぜ五虎将軍が生まれたの
五虎将軍が生まれた理由は陳寿が書いた正史「三国志」を参考にして
生まれとされてします。
陳寿は正史「三国志」を書いた時に、関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超の
五人を一緒に記載しました。
そして15世紀に三国志演義を編集した編集者が正史「三国志」を見たとき
武勇に秀でて、正史「三国志」で一緒の列伝に記載されている
優れた将軍五人を参考にしたとされています。
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魏の五大将軍も創作
蜀の五虎大将と同列の存在が魏にあります。
それは魏の五大将軍です。
魏の五大将軍の五人は「張来来」で有名な合肥の英雄張遼(ちょうりょう)。
性格が剛毅果断で常に一番槍を挙げ、守りにも強い楽進(がくしん)。
曹操から漢の名将周勃の息子周亜夫の風格があると言われた徐晃(じょこう)。
曹家三代を支えた名将張郃(ちょうこう)。
曹操の創業から支え続けた于禁(うきん)。
この五人です。
しかしこの五大将軍、実は蜀の五虎将軍からパクッた物なのです。
そして蜀の五虎将軍が創作であるように
魏の五大将軍も残念ながら創作です。
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魏の五大将軍実は六人いた
蜀の五虎将軍と同じように、魏の五大将軍も武勇に優れた五人が同じ
列伝に記載されていた事から、五大将軍が生まれました。
しかし張遼らが記載されている列伝ですが、
この列伝にはもう一人記載されております。
その名は朱霊(しゅれい)です。
この朱霊を入れると実は五大将軍ではなく、六大将軍が正しい名称なんです。
蜀の五虎将軍、他にも存在する
蜀の五虎将軍の創作名称ですが、実は違う物語にも出てきます。
その物語の名前は「水滸伝」です。
「水滸伝」は「三国志演義」と対となる中国の娯楽刊行物で、水滸伝には
蜀の五虎将軍に劣らない人物が数多く登場します。
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水滸伝の五虎将軍の五人とは
水滸伝に出てくる五虎将軍は軍人の中で最高位の位とされております。
この水滸伝の五虎将軍は
関羽の子孫とされている大刀関勝。
張飛をモデルにしている豹子頭(ひょうしとう)林沖。
元青州兵馬総管(せいしゅうへいばそうかん)であった霹靂火(へきれきか)秦明。
北宋の功臣の子孫双鞭(そうべん)呼延灼(こえんしゃく)。
学問や管弦にも通じていた槍の名人双槍将(そうそうしょう)董平の五人です。
この五人は水滸伝最強の五人とされている武将です。
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三国志ライター黒田廉の独り言
私は横山光輝さんが書いた漫画「三国志」を見て
三国志を好きになったので
あの漫画に出てくる五虎将軍が居ないとなるとショックです。
劉備さんが五虎将軍の官職を作っていればこんなことにならなかったのに。
「今回のお話はこれでおしまいにゃ。次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう
それじゃまたにゃ~」

















