日常生活

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

呂布だけじゃない!こんなにいる董卓の優秀な側近4選

この記事の所要時間: 345




董卓&呂布

 

董卓(とうたく)と言って思い出される武将は天下無双の武を持った呂布(りょふ)だと思います。

しかし董卓の配下には呂布以外にもすごい武将はいっぱいいるのをご存知ですか。

今回は呂布の影に隠れてしまった武将達をご紹介していきたいと思います。




董卓軍きっての勇将・徐栄(じょえい)

曹茂

 

董卓は反董卓連合が結成されると諸将に兵を与えて迎撃させます。

この時、徐栄(じょえい)も軍勢を董卓から預けられて、反董卓連合の諸侯を迎撃するために出陣。

徐栄は出陣すると、曹操(そうそう)鮑信(ほうしん)の連合軍と遭遇します。

 

曹操様お守りします

 

彼は鮑信の弟である鮑韜などの武将を討ち取り、曹操・鮑信連合軍を撃破。

その後、孫堅(そんけん)が洛陽に近づいてきていると知らせを聞くと、

孫堅軍を迎撃するため転進。

 

孫堅

 

徐栄は孫堅軍を見つけると、猛攻をかけて打ち払います。

こうして反董卓連合軍を各地で撃破し続ける徐栄ですが、

董卓が王允(おういん)の謀略によって殺害されると王允に降伏。

その後長安に侵攻してきた董卓軍の残党である李傕(りかく)と郭汜(かくし)を撃退するため、

胡軫(こしん)らとともに迎撃しますが、討ち取られてしまいます。

 

関連記事:孫堅が早死しなければ、袁術が天下統一をした?元海賊狩りから異例の出世をした漢に迫る!

関連記事:偶然の遭遇から因縁の仲へ!孫堅と董卓は元同僚だった!?




皇帝を殺害した董卓の片腕・李儒(りじゅ)

曹彰

 

李儒(りじゅ)は董卓の参謀役として活躍します。

反董卓連合軍が洛陽に接近すると董卓に

「洛陽を燃やして、長安に遷都しましょう」と提案。

董卓は彼の進言を受け入れて長安へ遷都しております。

また李儒は董卓に命じられて、皇帝殺害も行っております。

彼は董卓に命じられると劉辯のもとにいき、彼に毒を仕込んだ飲み物を与えます、

劉辯は飲み物の中に、毒が仕込んであることを知って抵抗。

しかし李儒は無理やり毒を飲ませて殺害します。

こうして董卓の参謀役として活躍していた彼ですが、

最後は董卓に謀反を起こした王允によって殺害されてしまいます。

 

三国志演義で大活躍した華雄(かゆう)

華雄と呂布

 

華雄は董卓軍の配下として洛陽に入城します。

その後董卓に反発した反董卓連合が結成され、董卓を倒すため攻撃を仕掛けてきます。

華雄は董卓に命じられ汜水関の守りに就きますが、

すぐに連合軍の猛攻を汜水関で、受ける事になります。

しかし華雄は城門を開けて出陣し、

孫堅四天王の一人である祖茂(そも)をはじめとして、

連合軍の武将達を次々に討ち取っていきます。

 

関羽VS華雄完成

 

こうして勢いづく董卓軍ですが、関羽(かんう)の渾身一撃によって討ち取られてしまいます。

これらの話は全て三国志演義です。

三国志演義ですとかなりの活躍をしている華雄ですが、正史三国志ですと全然違います。

正史三国志によると華雄は、孫堅軍を迎撃するため胡軫と呂布とともに出陣。

しかしこの二人の仲が悪く、争い始めます。

華雄は胡軫の武将として従軍していましたが、彼と呂布が争い始めたせいで、

連携が取れず、孫堅軍に討ち取られてしまうなんともかわいそうな武将です。

 

関連記事:これは可哀想。。嫌な上司と呂布の謀略の為に死んだ正史の華雄(かゆう)

関連記事:董卓はどうしてデブになったの?真面目に考察してみた

関連記事:思わず「やりすぎだろ」と声が出る!脳筋・呂布が袁術にたかる方法が現代でも使える【ビジネス三国志】

 

武勇に秀でるも嫌いな人が多すぎて活躍できなった残念将軍・胡軫(こしん)

廖化 四龍将

 

胡軫(こしん)は董卓軍の武将で、武勇に秀でていました。

そのため、董卓の義理の息子で武勇に秀でていた呂布が嫌いでした。

呂布とともに出陣した陽人の戦いでは、呂布とケンカした事が原因で敗北。

その後も目覚ましい働きを見せませんでした。

そして董卓死後、王允が政権を握って政治を動かしていきますが、

胡軫は王允の傲慢な態度が嫌いで、

董卓軍の残党である李傕と郭汜が長安に攻め込んできた際、

胡軫は彼らに寝返って長安を攻撃し、王允を殺害します。

胡軫はこうして気に食わなかった連中を排除しますが、最後は悲惨でした。

彼は以前仲の悪かった游殷(ゆういん)を無実の罪を着せて殺害します。

しかし突如胡軫は重い病にかかってしまい、寝込んでしまいます。

この時彼は「悪かった。許してくれ游殷。」と叫んでいたそうです。

だが、游殷の霊は彼を許さず、そのまま胡軫は祟り殺されてしまいます。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

董卓軍で活躍した武将達を紹介しました。

やはり天下無双の強さを持った呂布の前には、

董卓軍のほかの武将達の影が薄くなってしまいますよね。

しかしこうした脇役の武将達が頑張ったからこそ、

董卓軍が精強を誇ることができたのではないでしょうか。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじさんでお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

関連記事:新事実!悪逆非道の代名詞・董卓は実は、かなりいい人だった

関連記事:董卓は実は名将軍であるという根拠

関連記事:【三国志の疑問】女性を巡る男の戦いはどこまで真実なの?史実と演義を比較

 



よく読まれている記事

曹操01

 

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:黒田廉(くろだれん)

 

黒田廉

■自己紹介:

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

■歴史人物:

張遼孟嘗君、張作霖など

■何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 沙摩柯(しゃまか)武蛮族の王|甘寧を討ち取り呉を恐怖に陥れる
  2. はじさんが曹操を丸裸に!素顔は?身長は?曹操を徹底追及!
  3. 【袁術の戦いを振り返る】徐州・豫州の戦いには人間ドラマが盛り沢山…
  4. 曹家の文才「三曹七子」って何?
  5. 実は冷血を演じたツンデレ曹丕、その理由とは?
  6. 曹丕、女心を詩で歌う ごめんねディスしてキャンペーン
  7. 夏侯覇(かこうは)の妻は誰だったの?蜀に亡命した魏の夏侯一族
  8. 横浜中華街の関帝廟はどうやって誕生したの?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 陳寿が語る孫権像
  2. 甘寧や袁術もびっくり!実は大事にされた料理人(厨師)
  3. 父・信玄を超えるために武田勝頼が行った政策って何?
  4. 【教科書に載らない歴史ミステリー】徐福は神武天皇になったってホント?
  5. 播磨の豪族から出現した自信家・黒田孝高の誕生と初陣
  6. もし徐庶が軍師として劉備軍に留まっていたら三国志はどうなっていた?

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

荀彧は曹操の下でどんな仕事をしていたの?尚書令について超分かりやすく解説 曹嵩(そうすう)はどこの誰なのか?徐州大虐殺の切っ掛けにもなった曹操の父親 【孔明涙目】パイセンの命令は絶対!『劉備軍』が想像以上に体育会系だった 天地を喰らうという漫画があまりにもカオス!裏三国志入門書 Part 2 なんで重耳は生まれた国から逃げなければならなくなったの? 毛沢東(もうたくとう)とはどんな人?中国の赤い星の生涯 袁盎(えんおう)とはどんな人?国家の為にあえて諫言を発し続けた政治家 Part.2 蘇秦(そしん)とはどんな人?秦の圧力を跳ね返す為、六国を結び付けた合従論者 Part.3

おすすめ記事

  1. 韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反骨心【前半】
  2. 【韓信の恩返し】受けた恩はしっかりと恩で返す器の大きい韓信
  3. 東方明珠のへなちょこ黄河旅行記 その2
  4. 【衝撃の事実】日本の戦国時代にも三顧の礼があった!
  5. 伏皇后問題が荀彧の死の原因か!我が子房・荀彧の死因に迫る!
  6. 丁原(ていげん)とはどんな人?天下無双の豪傑でもあり呂布パパ
  7. 【シミルボン】ありえん?三国志の外交交渉が頓智勝負だった
  8. 司馬攸(しばゆう)とはどんな人?司馬家の秀才として認められていた司馬炎の弟

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP