127話:迫る第四次北伐と蜀の抱える二つの問題点

2016年8月18日


 

曹休

 

魏の曹休(そうきゅう)が石亭の戦いで呉に敗北した隙を突いた

第二次北伐ですが、名将、郝昭(かくしょう)が守る陳倉城の守りの前に

兵糧不足が生じて撤退します。

孔明(こうめい)は責任を負う形で二階級降格の人事を自らに課します。

しかし、第3次北伐では一兵も損なわず、武都と陰平を落として、

その手柄で、孔明は丞相に返り咲きました。

 

前回記事:126話:孔明第二次北伐の開始、陳倉攻略戦

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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迫る第四次北伐、しかし二つの問題が・・

孔明

 

孔明は、息つく暇もなく、第四次北伐の準備に取り掛かりますが、

その頃の蜀には、戦争継続を難しくする二つの難問がありました。

その第一は、どんどんいなくなる人材の枯渇の問題です。

 

趙雲

 

西暦229年、最後の五虎将軍、趙雲(ちょううん)が死去します。

また、張飛(ちょうひ)の息子、張苞(ちょうほう)も第三次北伐で、

破傷風にかかり死にました。

期待をかけていた馬謖(ばしょく)も街亭のミスで処刑しました。

姜維(きょうい)など、次の世代もいるにはいますが、まだ経験不足です。

 

それは、本来なら仕事を分業して、負担を減らしたい孔明に

さらなる負担を掛ける事に繋がります。

 

もう一つの困難、補給力の問題

祁山、街亭01

 

もう一つの問題は、さらに切実でした。

蜀軍が地形が険しい秦嶺山脈を超えるのに補給が追いつかないのです。

陳倉城だって、食糧さえ十分にあれば包囲を続けて落ちる城だったのに、

それが不足した為に泣く泣く撤退したようなものでした。

 

実際に宿敵の司馬懿(しばい)は蜀軍の補給の脆弱さを見抜いていて、

積極的な攻勢を掛けず戦争を長引かせて、補給切れを待つ

持久戦に切り替えてしまっていた程です。

 

孔明、補給の問題を現地調達で切り抜ける

祁山、街亭04 孔明

 

孔明は、悩んだ末、補給を全て成都から運ぶのはなく、

麦の刈り入れが始まる4月に北伐の時期をずらして行う事に決します。

これにより敵地から食糧を得る事で、補給問題を解決しようとしたのです。

 

西暦231年、2月、孔明は4回目の北伐の陣頭に立ちます。

次の狙いは、祁山(きざん)、このポイントは、北の涼州と

蜀の通路を確保する上で非常に重要でした。

 

祁山を占拠した蜀軍に司馬懿が対峙する

孔明と司馬懿

 

蜀軍が祁山を攻め落とす事は、すでに司馬懿の中で織り込みずみでした。

この祁山を得ないと、孔明が期待する涼州の異民族の援軍も、

得る事が出来ないからです。

 

司馬懿は祁山にやってくると、何の動きもみせず待機しています。

ガッチリ守り、蜀軍の補給が尽きるのを見計らい襲撃するつもりなのです。

なんて、嫌な性格なんでしょう、司馬懿は・・

 

孔明、補給を助ける為に鹵城に向かうが・・

孔明

 

魏と蜀軍は対峙したまま、虚しく時間ばかりが流れます。

すると、当然、蜀軍の補給は苦しくなってきました。

 

普通なら、ここで退却ですが、孔明はここで予定通り、

王平(おうへい)張嶷(ちょうぎ)を祁山本陣の守りに残し

魏延(ぎえん)姜維(きょうい)を伴い、少しの兵力と共に、

鹵(ろ)城に麦を刈り取る為に密かに軍を移動します。

 

しかし、ここでジャーン!ジャーン!と銅鑼が鳴り響きます。

 

なんと司馬懿は、孔明が鹵城の麦を狙う事を見越して、

兵を配置していたのです。

この洞察力の深さには、孔明も舌を巻いてしまいます。

【次のページに続きます】

 

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-全訳三国志演義, 執筆者:kawauso
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