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司馬攸(しばゆう)とはどんな人?司馬家の秀才として認められていた司馬炎の弟

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司馬炎 はじめての三国志

 

司馬炎(しばえん)司馬昭(しばしょう)の跡を継いで司馬家の棟梁となった後、

曹魏の皇帝から禅譲を受けて晋の皇帝となります。

しかし司馬昭司馬炎を自らの後継者として初めから指名しておりませんでした。

本当は司馬師(しばし)の家に養子に出した司馬攸(しばゆう)を後継者にするつもりでした。

しかし周囲から反対意見が出たことによって司馬炎を自らの後継者に指名した後、

亡くなります。

司馬攸とは一体どのような人物であったのでしょうか。

 

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司馬昭から愛された息子

photo credit: Zweiweit via photopin (license)

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司馬昭の三男として司馬攸は生まれます。

司馬懿(しばい)は彼が生まれると

「聡明な顔をしている。この子がおれば司馬家も安泰じゃ」と述べます。

司馬昭は司馬攸を溺愛して自らの寝台に彼を招き寄せて

「ここはキミの場所だからね」と策謀家として活躍した司馬昭らしくない言葉を息子に与えており、

非常に可愛がっていたことをうかがわせるエピソードです。

その後司馬師に息子が生まれなかったことから司馬昭は、可愛い三男司馬攸を司馬師の元へ

養子として出すことにします。




優れていた青年期

 

司馬攸は青年になると学問に励んで、文章を書く事に巧みであり、優秀な人物達と広く付き合い、

民衆に施しを忘れずに行うパーフェクト青年でした。

その為司馬家の側近ばかりか他の諸将は「彼を見習え」と自分の子ども達に言っていたそうです。

司馬懿司馬師・司馬昭の三人は優秀でよく出来た青年・司馬攸の将来に大いに期待し、

司馬懿や司馬師・司馬昭が戦場へ赴く際には必ず、

従軍させると共に官職を与えて司馬攸に重みをつけさせていきます。

こうして皆が彼の将来に大いに期待することになります。

 

司馬師の家の棟梁になる

司馬師

 

司馬師が寿春で起きた反乱鎮圧後に目の病気が悪化したことが原因で、

亡くなってしまいます。

司馬攸は司馬師が亡くなったと聞くと大いに悲しみ、

その悲しみはご飯が喉を通らなくなるほどであったそうです。

周りの人達は養父であるにも関わらずこれだけ悲しんでいる姿を見て、

大いに心を打たれることになります。

司馬師の跡を継いだのは司馬攸ではなく

司馬師の弟である司馬昭が跡を継ぐことになります。

そして司馬師が亡くなると司馬師家の棟梁となって、

実の父である司馬昭を支えていくことになります。

 

関連記事:眼球が飛び出て死亡!強烈すぎる司馬師(しばし)のエピソード【はじさん臨終図巻】

 

司馬家の権力を確立させる

photo credit: Last Leaf via photopin (license)

photo credit: Last Leaf via photopin (license)

 

司馬昭は兄司馬師の跡を継いで司馬家の権力を確立させることに勤しんでいきます。

司馬家が天下の実権を握っている状況をどのように

思っているか各地の将軍達へ使者を遣わして意見を聞きます。

その結果寿春を本拠地としている諸葛誕(しょかつたん)が、

司馬家に不満を持っている言動を行っており、彼は司馬家に反旗を翻しまします。

この諸葛誕の反乱を司馬昭は一年ほどかけて鎮圧。

その後司馬家の専横に我慢できなくなった皇帝・曹髦(そうばう)が司馬家討伐の為挙兵します。

しかしこの反乱はすぐに鎮圧されてしまい、皇帝・曹髦は乱戦の中で亡くなってしまいます。

こうして司馬家の実権を各国たるものになっていき、司馬家の権力が絶対的になったのは、

蜀討伐の成功と晋王の就任です。

司馬昭は蜀が弱っていると判断し、鍾会らの将軍に兵を与えて討伐を行わせます。

鍾会の副将であった鄧艾の活躍によって蜀の討伐に成功することになります。

その後鍾会が蜀で反乱を起こす事件がありましたが、

鍾会の部下の活躍によって反乱は鎮圧されることになります。

この蜀討伐成功から数ヵ月後魏の朝廷は、

司馬家三代の忠勤と長年曹魏を補佐してくれたことに感謝して、

彼を晋公から晋王の位に昇進させます。

こうして司馬家に逆らうことのできる魏の臣下は事実上皆無となり、

司馬家が天下の実権を握ることに成功します。

 

司馬昭の迷い

photo credit: ... via photopin (license)

photo credit: via photopin (license)

 

司馬昭(しばしょう)は魏王朝の中で確固たる勢力を作ることに成功し、

天下の実権を握ります。

しかしかれには迷いがありました。

その迷いは自らの実子で長男である司馬炎(しばえん)と

司馬師に養子へと出した司馬攸(しばゆう)どちらを自らの後継者とするかです。

司馬炎は長男であるため長幼の礼を重んじるのであれば彼を後継者とすれば、

すべてが丸く収まります。

しかし自らが幼少の頃から可愛がり周囲からも認められるほど優れており、

長男よりも優秀な司馬攸を後継者としたほうが司馬家の為にもいいのではないかと

考えてしまいます。

 

重臣達の猛反対

photo credit: Hydrangea via photopin (license)

photo credit: Hydrangea via photopin (license)

 

司馬昭は病にかかってしまいます。

そして自らの後継を司馬攸にしたいと重臣達に語ります。

すると側近として長年活躍してきた賈充(かじゅう)

「殿。蜀が滅びたとはいえ、未だ天下は司馬家のものではありません。

ここで先代の司馬師殿の息子殿を後継者とすれば家が乱れることは必死です。

あなた様の長男である司馬炎様を自らの後継者とするのが一番いいと考えます。」と猛反発。

また賈充以外にも反対する臣下が多くいたので司馬昭は司馬攸を後継者とするのを諦め、

司馬炎を自らの後継者として指名してから亡くなります。

 

斉王司馬攸の誕生

photo credit: Blue flower 1 via photopin (license)

photo credit: Blue flower 1 via photopin (license)

 

司馬昭が亡くなるとすぐに司馬炎が彼の跡を継ぐことになります。

司馬昭の跡を継いでから数ヵ月後魏王朝から禅譲を受けて皇帝へ就任。

司馬攸は司馬炎が皇帝となった時に斉王へ就任します。

この時司馬攸は任地へ赴いて政治を行わず中央で国政に関与しながら、

任地経営を行っていきます。

任地へ行っていなくてもしっかりと領地である斉を統治します。

ある時飢饉が斉の国を襲うと彼は、すぐに民衆へ施しを行い民衆が飢えないようにするとともに、

不満解消の措置を行います。

さらに兵士や諸将達への給与分配も公平に行い、

領民や諸将から大いにしたわれる人物に成長します。

また国政にもしっかりとした意見を提言して朝政が滞らないようにしていきます。

これらの実績が認められて、驃騎将軍(ひょうきしょうぐん)の位を下賜されることになります。

 

司馬攸擁立騒ぎ

photo credit: just pretty via photopin (license)

photo credit: just pretty via photopin (license)

 

晋の首都洛陽で疫病が流行すると司馬炎が倒れてしまいます。

後に司馬炎はしっかりと回復して再び朝政を取り始めるのですが、

司馬炎が倒れた事を知った群臣達は聡明な司馬攸を司馬炎亡き後の皇帝として擁立しようとする

動きがありました。

司馬炎にはこの時衷(ちゅう)と呼ばれる太子がいたのになぜ群臣は、

司馬攸を擁立しようと考えたのでしょうか。

 

 

太子司馬衷があまりにもポンコツであったから

 

その原因は太子・衷があまりにもポンコツだったからです。

彼は相当なポンコツ太子だったそうで、蜀の二代目劉禅なんか比じゃないくらいダメ太子でした。

重臣達は司馬炎に「太子はポンコツだから後継から外したほうがいいんじゃないですか。」と

進言しますが、取り上げませんでした。

しかし群臣達の反対意見を黙らせる為に、テストとして仕事を与えます。

司馬衷は本物のポンコツであるためこのテストをクリアできないと

感じた衷の奥さん・賈南風(かなんふう)は衷の代わりに臣下に仕事を行わせて、

クリアしようと考えます。

また彼女は巧妙に全てを代筆させてしまうとばれる可能性があるので、

ギリギリのテストに受かるところまで代筆せよと命じます。

この結果司馬炎は彼が仕事ができる太子であると考えて、衷を後継者として決めます。

だが群臣達は司馬衷の能力の低さを知っており、

彼がいかに仕事ができようとも信用していませんでした。

その為群臣達は司馬炎が病に倒れたと聞いて、

太子を擁立しようとは考えずに司馬攸を擁立しようとする動きを見せることになります。

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