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執筆者:kawauso

【李傕・郭汜祭り 1日目】凶悪!董卓を上回る暴君李傕の履歴書

この記事の所要時間: 721




 

はじさん真夏のスペシャル企画、李傕郭汜(りかく・かくし)祭り!

董卓(とうたく)と違い凶悪だというイメージ以外は、ほとんど伝わらない

日陰の独裁者、李傕と郭汜にスポットを当て、その知られざる全貌を7回という

長期連載で追っていこうという第一弾は、もちろん、主人公李傕です。

言っときますけど、袁術祭りと違い、「意外に良い人」という話はありませんよ。




暴君李傕の初登場は、孫堅の説得シーンから

 

李傕は、字を稚然(ちねん)と言います、どこの出身か分りませんが、

董卓の配下なので涼州の出である事は間違いない事かと思います。

呂布(りょふ)などにも共通しますが、或いは出身が異民族か孤児で各地を転々とし

定住しないので、戸籍というものがなく当人や周辺が出身地を語らない限り、

それが後世に伝わる事はなかったのではないかと思います。

 

そんな李傕の初登場は、袁術(えんじゅつ)の配下であった孫堅(そんけん)

陽人(ようじん)の戦いで董卓軍を撃破し部督(ぶとく)の華雄(かゆう)

縛り首にした直後の事です。

李傕は、使者として孫堅と会見し、董卓の言葉として、、

 

「孫将軍の子弟で、刺史や郡守にしたいものがあれば仰せられよ・・

必ず上奏して願いを聞き届けましょうぞ」と告げます。

 

身分卑しい孫堅なら子弟を貴顕の地位につければコロッと行くだろうと言う

董卓の浅ましいと言えば、浅ましい懐柔ですが、孫堅はこれを跳ね付けました。

 

「貴様の主君、董卓は無道にも漢室を転覆させた、俺は貴様達の三族を皆殺し

天下に賊滅を宣言できなければ、死んでも安心して目を瞑る事も出来ぬ・・

その俺がどうして、貴様等と和睦など出来ようか?」

 

孫堅は殺気立っていた事でしょうが、そこはしかし、李傕も勇者です。

不首尾ながらも堂々と孫堅の陣営から引き上げています。




孫堅の洛陽入城後、牛輔と共に朱儁の攻撃を跳ねのける

 

孫堅が言いなりにならないと知った董卓は、洛陽から住民も役人も献帝も連れて

長安に移動し洛陽には火を放って焼き捨てます。

そして、反董卓連合軍に備える為に、陝(きょう)県に娘婿の牛輔(ぎゅうほ)、

郭汜(かくし)、そして李傕を配置、そこに、後漢の名将、朱儁(しゅしゅん)が

攻めてきますが、優勢な騎兵を持つ李傕・郭汜軍はこれを撃破して退けました。

 

さらに李傕・郭汜軍は、軍勢を進め陳留郡や潁川郡の諸県で男を殺し女を誘拐します。

李傕、郭汜の騎兵に容赦はなく、通過するところでは命を永らえた者はいませんでした。

はっきり言って、李傕には、一般的な儒教道徳なんか微塵もありません。

事のついでに掠奪を行うのは日常茶飯事で、以後もこれが繰り返されます。

 

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董卓、呂布により暗殺、上官の牛輔も殺される

 

しかし西暦192年、李傕に最初のピンチが訪れます。

親父とも慕うボスの董卓が、こともあろうに義理の息子と呼んだ呂布により

暗殺されてしまったのです。

本当の黒幕は、司徒王允(おういん)でした、彼は呂布と同じ出身州である事につけ込み

呂布が董卓の横暴さに怒っていた事、董卓の侍女に手をつけ露見を恐れた事など、

猜疑心を持った呂布を利用し董卓を暗殺させたのです。

 

呂布はただちに、勅命で李粛(りしゅく)を派遣し陝県に駐屯させていた

牛輔を攻撃させます。

牛輔はこれを自力で撃退しましたが、すでに騎兵達の間で董卓が暗殺された事が

知れ渡っていました。

 

牛輔は臆病な人物で為す術を知らず、兎に角、自分を強く見せようと、

軍権の象徴である鉞(まさかり)を手元に引き寄せ、兵を動かす割符を肌身離さず、

自分に会いに来る人間は全て疑い、占いをさせてから会う程で、

凶と出た人物は殺してしまったりしました。

 

そんな有様を見た羌族の兵達は愛想を尽かし、ある夜に一部が反乱を起こします。

本当にごく一部の反乱ですが、怯えている牛輔は全てが叛いたと思い込み、

鎮圧もせずに慌てて、財宝を車に詰め込んで親しい兵を数名連れて逃亡・・

案の定、攴胡赤児(ほくこせきじ)という男が財宝に目がくらみ仲間と共謀して

牛輔を殺害、その首を長安に送ってしまいました。

 

董卓が死に牛輔は殺され呆然とする李傕・・

 

董卓暗殺の報を受けて、李傕が陝県に戻ると、すでに牛輔は殺されていて、

軍兵も四散して誰もいませんでした。

誰の命令に従えばいいか分からず、途方にくれた李傕は、同じく校尉だった、

郭汜や張済(ちょうさい)と話し合い、軍隊を解散して故郷に帰ろうと決定します。

 

しかし、そこに牛輔の参謀だった賈詡(かく)が現れて3名と止めます。

 

「聞けば王允は、涼州人は皆殺しにすると吹聴しているそうだ

ここで軍を解いてバラバラに戻れば、お前達は亭長レベルにさえ逮捕されるぞ

もし、生き残りたいなら、軍を解散してはいけない。

董卓の弔い合戦を大義名分にして長安に攻め上り、呂布と王允を討つのだ、

逃げるのは、その後でも遅くはあるまい」

 

李傕はもっともだと納得し、残った兵を集めて、董卓の弔い合戦を名分に、

各地の反王允派の兵力をまとめながら長安に攻め上っていきます。

王允は、狭量で少しでも董卓に加担したり、董卓を庇う人間は容赦なく

粛清していたので、人気がなく反発は大きいものでした。

 

攻め上るに従い、同じ涼州人の騎兵や、山賊、流民が李傕軍に加わり、

それは十万という大軍になったのです。

李傕の運が賈詡のお陰で、大きく開こうとしていました。

 

李傕、徐栄、呂布を撃破し長安は陥落、王允を殺害する

 

樊稠(はんちょう)、李蒙(りもう)、王方(おうほう)というような

元は董卓に仕えていた者も李傕軍に合流、迎え撃ってきた徐栄を打ち破り戦死させます。

胡軫(こしん)と楊定(ようてい)は王允により迎撃に向かわされましたが、

元々折り合いが悪い上、王允は涼州の名門の二人に差別的な態度を隠さず、

「関東の鼠が何をするつもりか、お前達、行って呼んでまいれ」と上から目線で

命令されたのでブチ切れ、戦いもせずに李傕軍に合流しました。

 

長安城は包囲10日で陥落、城内には、呂布がいて、郭汜を落馬させて

クビを斬る寸前まで行きますが、殺到する李傕軍を見て敗北を悟り、

直属の騎兵、数百を引き連れ、董卓の首を馬の鞍につけて、長安から逃亡します。

 

さあ、後に残るのは殺戮の嵐でした、李傕は部下に掠奪を許し、

女子供に至るまで、目についた者は董卓の仇として皆殺し、

おまけに自軍で、呂布や王允と同じ幷州の出身者まで皆殺しにしました。

そして、李傕は董卓の遺体を収容すると手厚く弔い郿(び)城で埋葬しました。

こうして、長安は、董卓の後継者、李傕によって恐怖支配される事になるのです。

 

献帝を擁して独裁権力を振るう李傕

 

李傕は、長安に入城すると、宮殿に乱入、南宮の掖門(えきもん)に駐屯し、

太僕の魯馗(ろき)、大鴻臚(だいこうろ)、周奐(しゅうかん)、

城門校尉の崔烈、(さいれつ)、越騎校尉の王頎(おうき)を殺しました。

この土壇場まで宮廷に残っていたという事は献帝を守ろうとした忠臣でしょう。

 

王允は、11歳の献帝を抱えて宣平門に上ると、それを見た李傕一行は平伏します。

 

「お前達には、政治の権も処罰の権もない筈だ、それを勝手な事をして

どういうつもりであるか?」

 

献帝が一喝すると、李傕はおずおずと顔を上げていいました。

 

「畏れながら申し上げる、我等は謀反を起こしたのではありません

我が主董卓は、帝の忠臣でありましたのに、そこの王允に無実の罪で殺されました

我等はその仇を討っているのみ、事が済みますれば自首して罪に服します」

 

王允は、李傕が献帝を殺すつもりはないと悟り、帝に危害を加えない為に門を降り

李傕と会見しました。

こうして、王允は一族全てが逮捕されて誅殺される事になります。

 

献帝を握った李傕は、車騎将軍、池陽侯になり、

幕府を開き、同時に司隷校尉を兼務して長安の治安の責任者になり、

節を与えられ遠慮なく部下を処罰する権限を得ます。

郭汜は後将軍、美陽侯、樊稠は右将軍、万年侯に封じられました。

 

李傕政権では、この3名がトップ3であり、全員脳筋!最初から董卓政権の末期のような

暴力と無秩序のyourshockなヒャッハー政治を行う事になります。

 

攻めてきた馬騰、韓遂、そして劉焉を撃破する

 

西暦194年、西涼の馬騰(ばとう)と韓遂(かんすい)が、軍勢を伴い

李傕に降伏してきました。

李傕はヒャッハーなので、キレ者の韓遂を嫌がって鎮西将軍として郷里に戻し、

馬騰は平西将軍として、手元に置く事にしました。

厚遇された馬騰は、調子に乗り李傕に様々な要求をしますが、

それを馴れ馴れしいと感じた李傕は幾つかの願いを黙殺しました。

 

(てめえ、、ヒャッハーの癖に、帝を抑えて殿様気取りか、この野郎・・)

 

馬騰は願いを黙殺された不満を持ち、侍中の馬宇(ばう)、諌議大夫の种卲(ちゅうしょ)、

左中郎将の劉範(りゅうはん)と共同して謀反を起こして李傕を倒そうとします。

しかし、計画は杜撰でバレてしまい、馬騰は樊稠に撃破されて逃亡、

侍中の馬宇は逃亡した先で、樊稠に殺されました。

 

劉範は、劉焉(りゅうえん)の息子で、チャンスと見た劉焉も益州から長安を襲います。

李傕はこれも撃破し、見せしめに劉範と劉誕という劉焉の息子二人を殺害、

さらに、戦争のついでと三輔の都市を荒らし回り、数えきれない人々を殺戮します。

 

敵が攻めてきたら、撃退ついでに都市を襲い民を殺す、内乱でも民を殺す、

普段でも掠奪を部下に許して民を殺す、もはや、北○の拳さながらの

暴力の嵐が関中を中心に吹き荒れる事になります。

 

東で勢力を伸ばしている袁紹、曹操を気にかけて対抗策を取る

 

李傕は何も、長安周辺でヒャッハーしまくっていただけではありません。

東で、黄巾賊の残党を吸収して、勢力を伸ばした曹操(そうそう)

北方支配を固めようとする袁紹(えんしょう)に対抗し、献帝を使って、

公孫瓚(こうそんさん)袁術(えんじゅつ)陶謙(とうけん)に官位を送り、

曹操や袁紹を弱体化させようと画策しています。

 

もっとも、地域が離れている、これらの群雄をコントロールするのは限界があり

あまり効果をあらわしたとは言えませんが・・

 

勢力争いで、李傕に猜疑心が募っていく

 

一応の危機が去ると、今度は、李傕、郭汜、樊稠の間で勢力争いが発生し、

樊稠が韓遂に通じて謀反を企んでいるという疑いを掛けられ李傕に殺害されます。

さらに、郭汜が李傕の屋敷に入り浸るという理由で、郭汜の妻が郭汜に女が出来たと嫉妬

李傕から郭汜を引き離そうと、李傕が郭汜を亡き者にしようとしていると吹き込みます。

 

それを信じた郭汜(信じるなよ・・どこまでヒャッハーなんだ)李傕の前で、

あからさまに出された酒に解毒剤を入れて飲んだ(そこでやる?)ので、

李傕は激怒(当たり前)遂に両者は仲違いして、長安のど真ん中で市街戦を開始します。

 

・・・・・もう絶句するしかないヒャッハーぶりです。

街中で戦えば、自分達の収入が減少するとは考えないのでしょうか?

当然、民衆は李傕と郭汜の内乱に巻きこまれ、万単位で戦死しました。

 

郭汜と内乱を繰り返しながら、李傕の贅沢は止まりません。

税収がないなら、部下を派遣して都市から奪わせるので、統治能力なんかゼロです。

献帝は、粥一杯食べる事が出来ずに餓死していく民を見かねて宮殿の蔵を開いて

炊き出しをして民衆を救おうとしますが、焼け石に水でした。

 

献帝、長安を脱出、、李傕、郭汜は追いすがるが・・

 

李傕と郭汜の内乱が長引く中、陝県から張済がやってきて、

二人に仲直りをするように説得すると、ようやく二人は和睦しました。

ここに至っていよいよ、長安は荒廃し、とても帝が住めない状態になったので、

張済はさらに、献帝を洛陽に戻した方が良いと提案し、李傕と郭汜は賛成します。

 

郭汜は、楊定、楊奉(ようほう)董承(とうしょう)らに同行しますが、

途中で自分が帝を手中に入れようと豹変して、献帝を長安に連れ戻そうとします。

しかし、あんな地獄に戻りたくない董承らが激しく抵抗して戦い、郭汜は敗北

郭汜は長安に戻り、李傕を説いて今度は連合軍で襲いかかります。

 

献帝サイドでも、仲間内で争いが発生し、董承と不仲だった張済が裏切って

李傕・郭汜軍に合流、弘農において献帝サイドを壊滅状態に追い込みます。

献帝サイドは、危機に瀕しますが、元李傕の部下の楊奉が出てきて

李傕を説得して和睦を結んだので、李傕・郭汜軍は追撃を中止しました。

 

このため献帝は、やっとの思いで黄河を渡り、洛陽へ帰還する事ができました。

 

最期は神頼みが酷くなり討伐されて人生を閉じる

 

李傕や郭汜の元に残されたのは、自分達が荒廃させた長安だけでした。

献帝がいなくなれば、権力の源泉もなくなり、二人は長安を掌握しているだけの

一群雄に過ぎなくなります。

李傕は鬼神、今風に言うと、オカルト宗教を信仰していて、身辺には巫女がいました。

崇めている対象には何と董卓もいて、像を彫り、祭壇を設けて毎日、

牛や豚を生贄に捧げて祈り、その後に献帝に謁見する程だったようです。

 

勢力が没落すると、李傕は益々、オカルトにのめり込んで残り少ない物資を無駄遣いし、

住民は掠奪に耐えきれず逃げて行き、郭汜共々、自分の首を絞める事になります。

もう一人の武将、張済は、飢えに苦しんで掠奪を働き呆気なく村人に殺されました。

 

西暦198年の4月、献帝を迎えて精強になった曹操は、謁者僕射の裴茂(はいぼう)に

命じて李傕の討伐を命じ、そこに段煨(だんわい)、

梁興(りょこう)、張横(ちょうおう)が加わります。

黄白城に立て籠もり抵抗した李傕でしたが、防ぐ事は出来ず三族皆殺しになりました。

李傕の首は塩漬けにされて許に送られ献帝の勅命で高い所に吊るされ、

悪逆無道な賊として見せしめの対象になったのです。

 

李傕・郭汜祭りライターkawausoの独り言

 

李傕は、人の心を推し量る力がなく、統治者としての最低限の慈悲も皆無でした。

献帝が、飢えている部下に食糧を出すようにと命じると、李傕は、

「帝には毎日食事を出しているのに何が不満なのです?」と不愉快な顔をし、

腹いせに腐った牛の骨を放り出して献帝の臣下に与えました。

献帝さえ生きていれば、後は誰が死のうが生きようが関係ないのです。

余りの横暴さに李傕に諫言する家臣がいると献帝は心配し、

「李傕は善悪の区別がつかない人間だ、厳しい諫言は止めた方がよい」と

言っている程でした。

 

李傕の善行と言えば、ボスであり親父とも慕った董卓を手厚く埋葬した位で

後は、掘れば掘るだけ悪行のオンパレードです。

仮に、意図的に後世の史家に悪く書かれているとしても、書かれている事が

全て虚偽とは思えず、史実通りの大悪党と言っていいでしょう。

まがりなりにも董卓が、最初は善政を施行したのに比べ、李傕は最初から

そのつもりはなく、ひたすら己の権力欲の為に人民を苦しめたのです。

 

次回記事:【李傕・郭汜祭り 2日目】凶暴さでは李傕に劣らない郭汜のバイオレンスライフ




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三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

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