広告募集
ビジネス

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

呂布の配下、八健将(はちけんしょう)とはどんな人たち?

この記事の所要時間: 333




 

漫画や小説等で「四天王」とは「七人衆」のような、

ある組織の重要人物達を一括りにした役職のようなものがよくあります。

史実でも重要人物や重要な事柄を数字で括っていることは珍しくありません。

後漢時代には「西園八校尉」等があり、この中にはかの有名な曹操(そうそう)も含まれていました。

こうして数字で切っているのは何となく格好良いですね。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:僕陽の戦いで見る八健将(はちけんしょう)の実力に迫る!




呂布の配下、八健将とは?

 

三国志でもこうした括りは存在しますが、

三国志の豪傑として知られる呂布 奉先(りょふ ほうせん)の部下には、

「八健将」という括りの将達がいました。

今回はこの八健将についてご説明致します。




三国志界の著名な称号

 

三国志界では、その名称に数字を入れられた官職の総称、称号があります。

有名なところでいえば、蜀の五虎大将軍です。

三国志演義では、劉備(りゅうび)が漢中王になった時に、

蜀の関羽(かんう)張飛(ちょうひ)馬超(ばちょう)黄忠(こうちゅう)趙雲(ちょううん)達は、

五虎大将軍に命じられました。

魏では、五大将軍というものがあります。

曹操(そうそう)に仕えた将のうち、彼の親類出ない優れた将達で構成されています。

五大将軍は張遼(ちょうりょう)楽進(がくしん)于禁(うきん)張郃(ちょうこう)

徐晃(じょこう)の5人を指します。

五大将軍は、五大将、五将軍、五子良将、等々、異なる名称がありますが、全て同じ意味です。

蜀の五虎大将軍、魏の五大将軍、等こうした名称で呼ばれるのは、

それに属する者達が他とは違い抜きん出たものであるからでしょう。

それらの一つとして呂布の八健将があります。

 

【奇想天外な夢の共演が実現 はじめての架空戦記

 

八健将とはどんな人達だった?

 

まず、初めに断っておきますと、八健将は実は三国志演義で述べられているだけで、

史実ではこのような括りは無かったと思われます。

ただ、呂布 奉先(りょふ ほうせん)の部下達に

八人の将がいたためこのような称号が後年作られたのだと思います。

蜀の五虎大将軍も実は創作上の称号と言われていますので、同じ類でしょう。

呂布 奉先(りょふ ほうせん)といえば、

三国志界の無双の豪傑で、裏切ったり裏切られたりした逸話で有名です。

彼は、義父であった菫卓(とうたく)を裏切り、その後の戦乱で敗走、流軍状態となります。

この時、呂布(りょふ)とともに戦った八人の将達を小説、

三国志演義で八健将と命名したのだと考えられます。

正史三国志において、彼らが八健将のような一括りの存在であったかは定かではありません。

 

八健将の構成員は?

 

呂布(りょふ)の配下の中に、張遼(ちょうりょう)、臧覇(ぞうは)、郝萌(かくぼう)、

曹性(そうせい)、成廉(せいれん)、魏続(ぎぞく)、宋憲(そうけん)、

侯成(こうせい)ら八人の武将がいました。

名前の順番が八健将での序列の順になっています。

張遼(ちょうりょう)が序列一位ですね。

呂布(りょふ)の名声が高すぎるあまり、

彼らは呂布(りょふ)の足元で目立たない存在となっているのと、

個々人によって実力に差がある様子です。

実際、張遼(ちょうりょう)は後々、魏で活躍するのでとても有名で記録も多く残っていますが、

中にはほとんど記録が残っていない者もいます。

三国志に詳しくない人では全員知っているという人はいないのではないでしょうか。

 

八健将はなぜ出来た?

 

史実では、恐らくこのような称号は無かったと考えられます。

小説の三国志演義にて、「八員の健将」と記載されており、

ここから派生して「八健将」名付けられたと考えられます。

正史と演義で、八健将の生涯は大きく異なっています。

演義の方では、八健将の初登場は、呂布(りょふ)が濮陽にて曹操(そうそう)軍と戦う時のこと、

八健将は呂布(りょふ)を先頭に、両脇に控えていました。

序列一位の張遼(りょうりょう)と二位の臧覇(ぞうは)

二人がそれぞれ3人ずつ残りの将を率いていました。

 

八健将達の末路は?

 

呂布(りょふ)とともに戦った八健将ですが、戦乱と呂布(りょふ)の不徳不運(?)の中で、

紆余曲折を経て劉備(りゅうび)のもとに落ち延びました。

しかし、その劉備(りゅうび)を裏切り、

最終的に曹操(そうそう)との戦いで部下から裏切られ敗北し、呂布(りょふ)は死刑に処せられます。

この時、八健将はどうなったのかというと・・・。

細かな話は割愛しますが、呂布(りょふ)とともに戦い討ち死にした者もいれば、

裏切って他の主の元に仕えた者等々、様々な最期を迎えます。

なお正史では、八健将という呼ばれ方はしませんが、彼らは更に複雑な末路を迎えています。

 

三国志ライターFMの独り言

 

羅貫中(らかんちゅう)の作った(?)、“八健将”という称号から、

優秀或は勇猛な将の集まりのように感じます。

ただ、物語としての三国志演義を読んだ印象では、

個人的には八健将の活躍は関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)等の有名な将達と比較して、

とても見劣りがします。

しかし、彼らを八健将と名付けることで、彼らの描かれる姿を彩ったのでしょう。

知名度で劣ることは隠せませんが、それでも乱世時代を生きた彼らに対して、

羅貫中(らかんちゅう)は華を添えたというところでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:もし曹丕が夷陵の戦いの後に蜀に攻め込んでいたら蜀はどうなった?

関連記事:もし龐統が落鳳坡で亡くならなければ蜀はどうなった?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

FM

FM

投稿者の記事一覧

三国志は、大昔の出来事ですが、物語をいろいろな視点や切り口で見ていくと、新しくて面白い発見があるのが好きです。

人物像や対人関係、出来事、時代背景、逸話等々、古い話とはいえ、学ぶべきところはたくさんあります。

埃をかぶせておくにはもったいない、賢人たちの誇りがあります。

関連記事

  1. 龐徳(ほうとく)ってどんな人?忠烈な最期を称えられた魏(義)の猛…
  2. 華麗なる中華世界を彩る武器~羽生結弦選手の武器
  3. 就職戦線異状だらけ!かなり大変だった三国志時代の就職
  4. 怪力無双の豪傑武将は三国志にも実在した!?現代科学が解き明かす超…
  5. 意外な事実!三国志の時代のお盆は死者の為に懺悔する日だった!
  6. 秦の始皇帝が造り出した伝国の玉璽
  7. 諸子百家(しょしひゃっか)ってなに?|知るともっと三国志が理解で…
  8. 三国志一の策謀家、袁術の伝説

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 超短気の甘寧、凌統・呂蒙との珍エピソード
  2. 鍾毓(しょういく)の進言が的確すぎる!曹叡や曹爽に撤退の進言をした魏の臣
  3. 竹林の七賢とは何をしている人たちなの?成り立ちなどをわかりやすく解説
  4. はじ三の生き字引!kawausoが読者の疑問に答えます
  5. 季布(きふ)とはどんな人?一度承諾した約束は絶対に破らない事で天下に名を轟かせた名将【後半】
  6. 世界不思議発見!三国志の時代の日本、西洋、インドの秘密を探る

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

まるでルイージマンション?曹操の自宅は、お化け屋敷だった!!英雄のお屋敷を徹底紹介! え!そんな理由なの?丁儀は曹丕に馬鹿にされたから曹植を応援した? 三国志偏差値を一気に上昇させる!マニアックなコアファン向け参考文献 【月間まとめ】2016年2月の注目ニュース10選! 袁紹に殺された2000人以外にも歴代の皆殺しに注目してみた。ちょっぴり不謹慎 夷陵の戦いを回避しようとしていた?孔明に比べて目立たない外交人・諸葛瑾の苦労 董襲(とうしゅう)とはどんな人?孫家の仇敵・黄祖討伐戦で活躍した武勇の士 戦う思想家集団 墨家(ぼくか)とは何者?

おすすめ記事

  1. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース21記事【7/24〜7/31】
  2. 諸葛靚(しょかつせい)とはどんな人?父(諸葛誕)の敵である司馬家を恨み、晋に仕えなかった硬骨漢
  3. 【袁家ファン必見】袁家はどうやって名門になったの?汝南袁氏の基礎を築いた袁安(えんあん)が超苦労人だった
  4. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース34記事【1/9〜1/15】
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース30記事【4/10〜4/16】
  6. 曹操のテストを見事クリアした王族・劉曄(りゅうよう)の逸話
  7. 諸葛孔明は北伐時に兵士達にとある約束をしたけど、どんな約束をしたの?
  8. 冒頓単于(ぼくとつぜんう)とはどんな人?漢帝国の宿敵で匈奴の名君Part.2【完】

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP