袁術の最期を看取った袁胤、印象に残らずとも残る理由




はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

力をつけ始めた曹操をぶっ潰そうと考えた袁紹

 

さて皆さん、袁一族というとどんな印象があるでしょうか。三国志演義では曹操(そうそう)のかませ犬みたいな扱いをされるも、実際は強大な敵であり、近年再評価が進んできた袁紹(えんしょう)

 

袁術

 

突如として皇帝を名乗っちゃったと思ったらすごい勢いで転落していった、最期の「はちみつ」がやたら印象に残ってしまっている袁術(えんじゅつ)。今回はそのどちらでもない、印象に残らないけれど残る、そんな人物、袁胤(えんいん)のお話をしたいと思います。

 




正史の袁胤

袁胤(えんいん)

 

正史三国志に、袁胤の伝はありません。しかし他の伝でいくらかの記述を見ることができます。袁胤は袁術の従弟であり、丹陽の太守に任命されたけれど、孫策(そんさく)配下から追い出されてしまうのが袁胤です。

 

その後、袁術が死んだ後はその棺、家族たちを連れて劉君に劉勲(りゅうくん)の元へ向かうのですが、ここで孫策に襲撃されて捕らえられ、その後の経緯は分かりません。

 

関連記事:もし孫策が暗殺されなかったら、三国志はどうなっていた?諸葛亮は孫策に仕官するのではないか?

関連記事:孫策が袁術のもとから離れたのは本当に皇帝になったのが原因なの?

 

【古今東西の英雄達が愛用した武器・装備】
英雄の武器特集

 




 

三国志演義の袁胤

三国志演義_書類

 

が、この袁胤、三国志演義ではひと味違います。

 

玉璽に興奮する袁術

 

まず袁術の甥として登場します。そしてここで孫策から玉璽(ぎょくじ)を献上された袁術、皇帝を名乗って有頂天。

 

袁術

 

やりたい三昧放蕩三昧で自分の領地を疲弊させ、周囲の曹操や劉備(りゅうび)から攻撃され、這う這うの体で袁紹の元に身を寄せようとします。ここでよりによって財宝を持って逃げるのが三国志演義の袁術と言わざるを得ないのですが……この袁術に付いて行くのが袁胤です。

 

関連記事:【意外な事実】袁術は本当に伝国の玉璽を持っていた!

関連記事:超ウソくさ!劉備の玉璽はあの漢水に沈んでいた

 

はじ三ユーチューバー目指すってよ
はじめての三国志Youtubeチャンネル2

 

 

袁一族の末路

袁術

 

抱えて逃げた財宝は裏切った部下に奪われ、兵糧もなくなってしまった袁術。仕方なくその辺の農民に「朕にはちみつを献上せよ!」と言うも袁術と知られるや否や嫌がられる始末。

 

袁術の最後

 

ここまで民の心が離れていたのかと絶望して血を吐き、袁術は死にます。袁胤はその後は袁術の遺族を守って逃亡を続けるも、曹操の配下に玉璽とその命を奪われ、袁術の遺族と共にその首は曹操に献上されて終わりました。これが袁一族の末路です。

 

関連記事:はちみつ皇帝袁術の領土拡大政策を一挙公開!

関連記事:ハチミツをもらえなくて袁術は死亡?ハチミツ皇帝袁術の死の過程

 

袁術のトホホな逸話
袁術祭り

 

 

当時の袁術

炎上する城a(モブ)

 

さてここで当時の群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代を思い出して下さい。

 

君主論 董卓

 

世は正に戦乱の時代、漢王室の権威は地に落ち、悪逆の徒である董卓(とうたく)が洛陽や長安でやりたい放題で国土も疲弊。

 

献帝を保護する曹操

 

袁術は当初こそ周囲を争わせて上手く行っていたものの、献帝(けんてい)は曹操に奪われる。ここからがケチの付き始めのように皇帝僭称(せんしょう)から周囲にふるぼっこぼこ。名族の威光もまた地に落ちた、そんな袁術の一族でした。

 

関連記事:李儒はどんな人?史実では皇帝殺しの容疑で献帝に粛清されかけていた凡庸な悪

関連記事:実はとっても苦労していた!知られざる献帝流浪の日々

 

【400年続いた漢王朝を分かりやすく解説】
はじめての漢王朝

 

【次のページに続きます】




次のページへ >

1

2>

関連記事

  1. 趙雲と劉備
  2. 劉邦と張良と陳平
  3. さっさと処刑しろと張飛にキレる厳顔
  4. 亡くなる袁紹

    デザイン担当:よりぶりん

    曹操の北伐~袁氏の滅亡~

    官渡の戦いで袁紹軍を打ち負かした曹操ですが、戦いが終わ…

  5. 袁紹、袁尚、袁譚
  6. 陸遜

コメント

  • コメント (1)

  • トラックバックは利用できません。

    • 月友
    • 2021年 11月 29日

    袁紹同族春卿為魏郡太守 在城中 其父元長在揚州 太祖遣人迎之。

    これは曹操が袁元長を揚州から呼び寄せたという内容です。
    袁紹の同族である袁元長が揚州に在住していたところを見ると袁胤等も袁元長が住んでた地域に向かおうとしてたんじゃないかな。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志倶楽部

“濡須口の戦い

“赤壁の戦い

“公孫瓚

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

“はじめての三国志公式LINEアカウント"




PAGE TOP