皆様は「羅貫中の被害者の会」をご存知でしょうか?
三国志演義スラングと言うとちょっと違いますが、正史の三国志に比べて三国志演義では「扱いが違う」人物が多々出てきます。
実際にはもっと有能だった武将も多く、このためその武将のファンからすると「羅貫中先生酷い!」という義憤にかられる人も少なくありません。
今回はこの羅漢中の被害者の会に、魏延を入れるべきか否か?
あくまで作者の考えを聞いて頂ければと思います。
「落ち着けこれは羅貫中の罠だ」
さて羅貫中の被害者、についてちょっと補足を。
主にこのメンバーとして言われる面子としては
「敗北シーンの付け加え」
「他の人物の引き立て役」
「出番がごっそり削られている」
「登場してない」
「ナレーションで殺された」
このような人物たちが主に選出されています。
実際に三国志演義から三国志の世界に入って見てみると「この人物はこんなに有能だったのか……」と驚くこともあり、逆に三国志から三国志演義に入ると「この武将はこんなこと言わないもん!」と言われることもままあることです。
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更に補足すると
ここでちょっと羅貫中先生について補足をしておきましょう。
そもそも羅貫中の被害者の会、とは言っても、羅漢中先生自身が「このキャラクター嫌いだから貶めてやろう!」というような面はなく、あくまで三国志演義が歴史書ではなく、歴史を元にした民間の講談であり、民衆にとっての面白さを追求していったものです。
なのであくまで「あーん羅漢中先生先生のカバッ」くらいの、ネタとして皆で笑える範疇に留め、あまりヘイトを向けないようにもしたいものですね。
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人の心は難しいもの
……とは言いましたが、だからって納得いかない。ここひどい!
なんでこんなことしたんですか?
という思いが抑えきれないというのも理解はできる所です。特に非業の最期を迎えた人物ともなると、この感情をどこにぶつけるべきか!となってしまうのも分かります。ただ今回はそんな中でも「魏延は被害者か」について、ちょっと筆者の考えを述べさせて頂きたいと思います。
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魏延と言う人物
さて魏延は正史において、経歴がはっきりと分かっていません。その登場は劉備が蜀に入る時の事からで、この時に何度も戦功を立てて牙門将軍に昇進したとあります。
しかもその後、劉備は漢中の守護を魏延に任せます。当時、誰もが張飛が選ばれると思っていただけに、これには誰もがびっくり。
ですが魏延はその劉備の信頼に応えるべく熱い抱負を述べ、その勇猛さには誰もが感心するようになりました。
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劉備の死後の魏延
しかし、劉備の死後から、魏延にとって蜀の国は良い居心地ではなくなります。
それもそのはず、劉備の死後に国を背負う立場となった諸葛亮は魏延を嫌い、何かにつけて魏延を殺そうと……いうことはなく、どちらかというと魏延の居場所がなくなっていったのは、諸葛亮の死後。
実際に諸葛亮と魏延は対魏で揉めることはあっても、諸葛亮自身は魏延の能力を高く評価しており、魏延が楊儀らと不仲なことを悩んでいました。
この不安は的中し、魏延は楊儀との不仲が原因で最終的に処刑されることになります。この辺り、楊儀も楊儀で色々と問題があったのですが……まあそれは別のお話。
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