夷陵の戦いを「呉」の側から見て考える

2022年8月19日


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日本のゲリラ忘年会(陸遜と朱然)

 

夷陵(いりょう)の戦い、それは(しょく)()の戦い。色んな意味であっつい戦いとなった夷陵の戦いですが、勝者としては呉です。しかしてこの勝利が、その後の三国の運命を決めるものとなりました。

 

魏の皇帝になる曹丕

 

後の魏の勝利は、ある種、ここで決まっていた……と言えるかもしれません。では呉はどうするべきだったのか?難しい問いかけとなりますが、ちょっと考えてみたいと思います。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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裏で手を引く魏

樊城の戦い

 

さて夷陵の戦いの前日譚と言えば樊城(はんじょう)の戦い。ここで関羽(かんう)の猛攻を見た曹操(そうそう)は遷都を考えるまでになりますが、それに反対したのが蒋済(しょうさい)司馬懿(しばい)

 

曹操、ホウ徳、于禁

 

于禁(うきん)将軍の敗北は洪水のためで、戦って敗れた訳ではありません。孫権(そんけん)長江(ちょうこう)以南の所有権を認めて、関羽の背後を突かせて撤退させましょう。」かくしてこの提案を曹操は認め、孫権は関羽を攻撃、捕縛(ほばく)して処刑するに至りました。

 

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夷陵の戦い開戦

ブチギレる劉備

 

これで激昂したのが劉備(りゅうび)です。劉備が関羽の敵討ちとして夷陵の戦いを開戦、孫権は諸葛瑾(しょかつきん)を使わせて和議を持ちかけるも、これを突っぱねられます。

 

穴から呂蒙を覗く孫権

 

そしてこの時点で、前述の関羽討伐で最大の功績を挙げた呂蒙(りょもう)が既に病没しており、新たに対蜀の戦線を任せる存在として、陸遜(りくそん)を大都督へと任命。

朱然に後を引き継ぐ呂蒙

 

 

尚、呂蒙は自分の後継者は朱然(しゅぜん)に……と言ったそうですが、結果として陸遜は夷陵の戦いで大きな戦果を挙げることになります。

 

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夷陵の戦い

 

 

割と苦労した陸遜

陸遜

 

ですが、陸遜も何も苦労なしに夷陵の戦いを勝利した訳ではありません。陸遜は名士出身でしたが、この時点では実戦経験がなく、呉の諸将は陸遜に対しては素直に従わず、結構治めるのに苦労していたようです。

 

 

陸遜

 

しかしそんな諸将の侮りも夷陵の戦いを勝利すると一転するのですが……。結果、陸遜は夷陵で大勝利を挙げ、蜀と劉備に大きな痛手を負わせ、念願の荊州(けいしゅう)の土地も取り返すことができたのでした。

 

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荊州を劉備に貸した結果

劉備と孫権

 

さて荊州は蜀にとっても、そして呉にとっても要地でした。そもそもとして荊州は劉備のものという訳ではなく、あくまで貸し出した土地です。

 

劉備、孫権、魯粛

 

その貸し出した時にも揉めに揉め、魯粛(ろしゅく)が「今はまだ劉備に力を付けさせた方が良い」ということで、一応孫権も納得したのです。

 

 

孫権に激怒する関羽

 

しかしまあこれが後に揉めに揉め、魯粛の死後にこの問題が表面化して、更には関羽と孫権の関係が最悪で……という訳で呂蒙の活躍もあって見事この荊州を取り返したのですが、同時にそれは蜀の力を大きく削ぎ、三国間のパワーバランスは崩れてしまうという結果に落ち着いてしまいました。

 

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関羽

 

 

 

じゃあ荊州は劉備に貸し与えておくべきだったか?

後継者争いで悩む孫権

 

では荊州は関羽に、というか劉備に与えておくべきだったかと言うと、そうとも言い切れず。荊州と言う土地はやはり呉にとっても大事、かつ重要な土地で、そこを関羽に取られたままと言うのも良い気はしないでしょう。

 

降伏する劉禅

 

もっと言うと、荊州を失ったままでは呉はそれ以上力を付けることができず、蜀よりも先に()に滅ぼされてしまう……という結果も見えてきます。そういう意味では、荊州を奪取するのも、呉にとっては重要なことではあるのです。

 

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劉禅

 

 

 

夷陵の戦い

陸遜

 

敢えて言うと、夷陵の戦いでの勝利が、勝利過ぎたのではないかと思います。勝つことは大事ですが、結果的に手を組んで魏と戦うべき蜀の力を削ぎ過ぎて、蜀の魏への対抗手段を大きく減らしてしまいました。

 

曹操

 

陸遜が夷陵で劉備に、呂蒙が樊城で関羽に、それぞれ勝ち過ぎたことは、結果的には魏にとって最大の利益に繋がってしまったのではと思います。

 

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呂蒙

 

 

早すぎた英雄たちの死

周瑜

 

さて元々は周瑜(しゅうゆ)は荊州の折、劉備から関羽、張飛(ちょうひ)を分断して自分が取り込もうとしました。対して魯粛はある程度劉備に力を付けさせることを孫権に提案しました。結果、孫権は魯粛の案を取り、また周瑜はこの後病没、そして自分の後継は魯粛に任せるとしています。

 

 

魯粛

 

魯粛は荊州はあくまで劉備に貸し与えたものとして扱い、単刀赴会では関羽を威圧。しかしその魯粛も217年に死去、関羽と孫権の関係は悪化して荊州問題再発、からの関羽討伐。更に言うとその後すぐ呂蒙病死。

 

 

全身の穴から血を噴出して死亡する呂蒙

 

こう見ていくと、おそらく各都督ごとに対蜀のきちんとしたビジョンがあったとは思いますが、誰も彼も、孫呉は早く亡くなってしまうんですよね。

 

呂蒙のお見舞いにかけつける陸遜

 

そう考えると、個人的に夷陵の戦いが起こったのは、ある種、呉内部で対蜀の対応策が混乱していた可能性も考えられます。個人的には荊州割譲(かつじょう)で夷陵の戦いを抑えられたら……と思うのですが、それもまた難しい。いやはや、国家運営の難しさを再確認することになった筆者でした。

 

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英雄の死因

 

 

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

もう少しだけ言うと、呂蒙が関羽を破った後にあんなに早く病没しなければ、周瑜、魯粛とはまた違った対蜀の対応策があったと思うのですが、呂蒙死んじゃうからなぁ……本当に早すぎますよね。その後のゴタゴタが全部陸遜の肩にかけられた上に、孫権もその後……ですから……。

 

 

陸遜に騙されている事に気づいていない馮習と劉備

 

筆者的には、夷陵の戦いを始めた時点で呉と蜀の命運は大分定められたのではないかと思います。しかしこれは後年を生きる人間の戯言。あくまで筆者の一考えとして、ここに述べさせて頂きました。

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

どぼぼぼーん。

 

参考文献:三国志魏書蔣済伝 蜀書関羽伝 呉書呉主伝 呂蒙伝

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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