北方謙三先生の『三国志』シリーズ(以下、「北方三国志」とします。)には、多彩な登場人物が登場します。
今回は、そんな「北方三国志」の登場人物の中でも、ややもすれば他の英雄たちに埋もれてしまいがちな、曹丕について見ていきたいと思います。
英雄・曹操の影に埋もれる男、曹丕
曹丕といえば「三国志」を代表する英雄である曹操の息子であり、後漢王朝を倒して新たな魏王朝を建てた人物ですね。
王朝の交代を実現したということで、曹丕も歴史的に重要な人物であることは間違いないのですが、どうしてもあまりにも異彩を放ちすぎる曹操の影に隠れてしまっている感は否めません。
「北方三国志」の曹丕もそのような曹丕像を踏襲しています。曹操は物語の主人公格の一人として、序盤から終盤まで登場するのに対し、曹丕は中盤になってからやっと登場します。さらに言えば、曹丕の生い立ちや幼少期に関しては、「北方三国志」には登場しません。
本来であれば曹丕は曹操の後継者となる人物ではありませんでした。それもそのはず、曹丕には曹昂という兄がおり、曹昂が曹操の後継者となるはずだったのです。
しかし、曹操が張繍を攻めた際、曹操が女に溺れた隙を張繍に奇襲され、曹操が危機に瀕したとき、曹昂は父の身代わりとなって戦死を遂げ、曹操は間一髪逃れることができました。
後継者である曹昂を失い、さすがの曹操は屈辱と悔しさ、自責の念で深く落ち込むことになります。とはいえ、兄の曹昂の死によって、いわば偶然転がり込んでくるような形で曹操の後継者の地位を得たのが曹丕でした。このように考えれば、曹丕の影の薄さも納得ですね。
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愛を知らぬ男、曹丕
「北方三国志」では、元々曹操の後継者とは目されていなかった曹丕はどうやら、曹操の愛情をあまり受けずに育ったようです。「北方三国志」の曹操は、特に若かりしときは、目的のためなら手段を選ばないキャラクターであり、とうてい息子をかわいがるような人物ではありませんでした。
先程の曹昂の一件も、屈辱と悔しさのあまり、「曹昂はあそこで死ぬ程度の器だったのだ」と自分に言い聞かせて立ち直っているくらいですので、「北方三国志」の曹操は息子に対する愛情を持ち合わせているような男ではなかったのでしょう。
その一方、才能を愛する曹操はむしろ、詩文の才に優れた曹丕の弟、曹植を高く評価しています。曹植とは違い、突出した才能を持たず、万事そこそこにこなすタイプの曹丕は、曹操からあまり評価されることはなく、天下の半分を手中にした曹操の後継者であるにもかかわらず、不遇をかこつことになります。
こうして、父に愛されなかった曹丕は次第に、愛情に飢えるようになっていったのです。
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甄氏との出会い
そんな愛を知らずに育った男、曹丕はある時恋をします。その相手は、なんとあろうことか、父・曹操の宿敵である袁紹の息子、袁煕の妻である甄氏でした。曹操が袁氏を滅ぼした後、甄氏に一目ぼれした曹丕は強引に甄氏を妻にしてしまいます。
しかし、甄氏にとって曹丕は、夫を殺した仇敵の息子でした。曹丕は甄氏に愛を求めますが、人を愛することも、人に愛されることも知らない曹丕ですから、二人の心が通じ合うことはついぞありませんでした。そして、最後まで通じ合うことが無かったこの夫婦は、悲劇的な最期を迎えることになります。
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曹丕と司馬懿
人を愛することも、人に愛されることも知らない「北方三国志」の曹丕は、人格的に欠落を抱えた人物でした。しかし、そんな曹丕には肝胆相照らした腹心の部下が一人いたのです。それが、司馬懿でした。
司馬懿は、陰気な性格ゆえに曹操にはあまり気にいられていませんでしたが、何故か曹丕とは馬が合ったのか、曹丕によって将軍に取り立てられ、蜀漢の諸葛亮との戦いに身を投じていくことになります。
「北方三国志」の司馬懿はかなり特異なキャラクターであり、強者との戦いや追い詰められた状況、屈辱的な扱いをされることに快感を見出すマゾヒストとして描かれています。愛を知らないサディストの曹丕と、マゾヒストの司馬懿は、互いの人格の凹凸を埋め合わせるコンビだったでしょうか。
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三国志ライター Alst49の独り言
いかがだったでしょうか。曹丕はどうしても、父の曹操と比べて影が薄くなってしまいがちです。
しかし、「北方三国志」ではそんな影が薄い曹丕の人物像までも、非常に細やかに描き出しています。こういった人物像の緻密な作り込みこそが、「北方三国志」が名著である所以の一つなのではないでしょうか。
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