はじさんが劉備を丸裸に!素顔は?身長は?劉備を徹底追及!

劉備のコンプレックスって何?


朝まで三国志 劉備

 

それがヒゲ。どうも劉備はヒゲが無い、もしくは薄かったようなのです。

『三国志』蜀書によると、張裕というヒゲの毛深い人がいて、

ある時劉備がからかって「俺は昔、涿県に住んでいたが、あすこは毛という名字の多い土地柄で、

東西南北あっちもこ っちもみんな毛さんなものだから、涿県知事が『涿の周りはどんだけ毛だらけなんだ!』 と言ったってな」

と皮肉ると、張裕はすかさず

「その昔、上党郡の潞県知事だった人が、 後に涿県知事となり、退官して故郷に戻ったが、

知人が手紙を出すのに尊号を潞とすべきか涿とすべきか迷って『潞涿君』と書いたんだとか」と返したそうです。

 

中身はレベルの低い喧嘩ですが、それなりに諧謔があって、

劉備は自分の故郷である涿と同音の啄(啄む =唇)をかけて「諸毛繞涿=口周りにたくさんの毛=ヒゲもじゃ野郎」と嘲り、

対する張裕も負けじと、潞と露(露わ=丸裸)、涿と啄をかけて「潞涿君=口周り丸裸=ヒゲなし野郎」と笑ったのです。

 

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劉備はヒゲがないことでバカにされていた

朝まで三国志 劉備

 

この後の文に「劉備にヒゲがないことを揶揄したもの」と解説がついています。

当時、ヒゲは男ぶりの象徴です。

関羽がその見事なヒゲから「ヒゲ」のあだ名で呼ばれたように(『三国志』蜀書)、ヒゲが美しく立派であるほどイケているとされました。

一方、 ヒゲがないのは宦官というイメージがありました。

彼らは男性ホルモンの欠乏によりヒゲが生えなかったためです。


ヒゲがないとマイナスイメージ

趙高 キングダム

 

袁紹による宦官の大量虐殺が行われた際も、

ヒゲがないというだけで宦官に間違われて殺されてしまった人がいました(『三国志』魏書)。

宦官は男とは見なされない上に、腐敗の象徴・諸悪の根源として印象が悪かったので、

ヒゲなしはそれだけでマイナスイメージだったことでしょう。

にもかかわらず劉備にヒゲがなかったのは、 別に好んで生やさなかったのではなく、

恐らく毛が薄かったか、みすぼらしいので剃ってしまっていたのではないでしょうか

(“潞”という字そのものには薄い・弱いという意味も あります)。

 

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三国志演義の劉備の外見

劉備主役

 

最後に、小説『三国志演義』の劉備はどのように表現されているかというと、

「身長は七尺五寸、両耳は肩まで垂れ、両腕は膝を過ぎ、目は自分の耳を返り見ることができ、

玉のような美貌で、脣は丹を塗ったように紅い」となっています。

現代の我々にはピンときませんが、きっと大層な美丈夫の設定なのでしょう。

正義の主役はやはりイケメンの方がウケますもんね。

しかしヒゲについては、肖像画の方には描かれているものの、本文中では特に言及されていません。

関羽も張飛も諸葛亮も曹操も孫権もちゃんと描写があるだけに、 劉備にだけそれがないのは意図的にも思えます。

さて、皆さんは一体どのような劉備像を思い描かれましたでしょうか?

 

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この記事を書いた人:楽凡

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自己紹介:歴史専攻は昔の話、今は漢文で妄想するのが得意なただのOLです。

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