日本においては、コネには悪いイメージがつきがちです。
癒着とか、慣れ合いとか、およそ、明るいイメージがありません。
しかし、本来コネとはコネクションの意味であり、
仕事をやりやすくする為の円滑な人間関係づくりの事なのです。
さて、三国志において、コネで運を掴んだ男に劉備玄徳がいます。
現在でも通用する劉備のコネの活かし方を紹介しましょう。
この記事の目次
劉備は単純に遊び呆けていたのではない?
劉備(りゅうび)と言えば、故郷の先輩、盧植(ろしょく)に師事しながら
幽霊学生と化し遊びに興じて、ろくに勉強もせずに狗や馬、音楽に
美々しい服を着て遊興し、後の群雄・公孫瓚(こうそんさん)などと
親しく交わったと史書にはあります。
ちょっと見ると、どうしようもない遊び人に見えますが、
本当にそうなのか?を考えると疑問符がつきます。
狗や馬や音楽は当時の社交の場だった
狗とは闘犬の事で、馬は馬車レース、
音楽は今でいう企業の様々なイベントというのが正確かも知れません。
そこは、賭け事の場でしたが、同時にアウトローや各界の名士が集まる
社交場でもあったのです。
劉備でなくとも、袁術(えんじゅつ)にしろ、袁紹(えんしょう)にしろ、
曹操(そうそう)にしろ、若い頃は素行を治めずに、このような娯楽場に
入り浸ったという表記がされますが、
そこは、同時に社交場だったという事も見逃せません。
袁紹などは、仕官の話があっても辞退して、将来の宦官皆殺すマンに
備えて、壮士を雇っていたという記録がありますが、
そのような命知らずの鉄砲玉も、闘犬場や馬車レース場では、
手に入れる事が出来たようです。
劉備は学生の分際で、美々しい服を着て、そんな場所に出入りして、
腰低く、身分の違いを気にしないで、交友を求めていますから、
単純に遊んでいたのではなく、広く幽州の人士に名前を売っていたのです。
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劉備の行動は、有名人のセミナーに顔を出しているようなモノ
劉備の行動は今でいえば、有名人が主催するセミナーに、
積極的に出て、名刺交換をするのと同じです。
そのセミナーが本当に為になるかより、そこにどんな人が集まるか?
というのが、セミナーを活用する人の関心事なのです。
注意深く見ていれば、そこかしこで名刺交換と、
挨拶が繰り広げられている事に気がつくと思います。
実際に、個人事業主の場合には、仕事を斡旋してくれるのが、
そういうセミナーに参加して培った人脈だったりもします。
一見、高い参加料を払うセミナーに参加する人が多いのは
実際には、そういう理由なのです。
パトロンを得て、傭兵団長になった事が劉備の人生を決める
劉備は、このような顔の売り込みの結果、
商人の張世平(ちょうせいへい)、蘇双(そそう)に気に入られ、
千金という大金を融資されます。
劉備は、この金で自分を慕ってついてきた少年を集めて、
最初の傭兵集団を作り上げる事に成功します。
TEAM劉備の旗揚げの瞬間です。
折りは、黄巾賊が挙兵して、天下が騒乱状態の時期で、
この時のお金で、劉備は、初期メンバー、簡擁(かんよう)や
雇いいれたのでしょう。
こうして、劉備は校尉鄒靖(すうせい)の黄巾賊討伐に
義勇兵の団長として参加してなんらかの(?)手柄を立てて、
安喜県尉(あんき・けんい)に任命されます。
今でいえば、あちこちの社交場に顔を出して、個人的に親しくなった
投資家の家に遊びに行き、ベンチャーの立ち上げをするので、
融資をお願いしたいと説いて回るのに似ています。
ここまで漕ぎつけるには、何件のパトロンを巡ったか分かりませんが、
この時に自前の傭兵団を作り上げた事は、後の劉備の運命を、
大きく変えていきます。
ヒラの兵士ではなく、最初から小なりとは言え、
傭兵団の長ですから官軍の扱いが違ったのです。
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上司をシバいた罪を帳消しにする劉備のコネ活用法!
めぼしい手柄をあげて、安喜県尉(村の警察署長)になった劉備ですが、
ここに、皇帝から派遣されたリストラ勧告の専門職である督郵が来ます。
劉備はご機嫌を伺いに行きますが、すでに督郵は劉備をリストラすると
決めていたので、会おうともしませんでした。
督郵が自分をクビにするつもりだと知った劉備は逆上して、
職権を濫用し、偽命令で督郵を逮捕して縛り、杖で叩いて逃亡します。
上司を偽命令で逮捕した上に杖でシバくという、
本来なら、お役人としては、ここで人生が詰むどころか、
逮捕されて刑務所送りの重罪ですが、
ここから劉備のコネパワーがさく裂します。
大将軍、何進(かしん)の命令で黄巾賊討伐にやってきた
都尉の毌丘毅(かんきゅうき)が丹陽にやってくると、
劉備は、何らかのコネがあったのか、毌丘毅と共に、
徐州の下邳に移動して、黄巾賊に遭遇しこれを撃破して、
下密(かみつ)県の丞(県令の補佐)になっています。
毌丘毅という人物は、蜀書、先主伝のこの部分にしか登場しないので
どういう人物か分からないのですが、恐らく、以前に、黄巾賊討伐に
参加した劉備と面識があったのでしょう。
「実は、督郵をシバいてしもうて、行くところが無いんですわ
どうか、将軍、わてを使ってもらえんでしょか?」
「なに?しょうがない奴じゃな、、よし分かった、わしと共に、
黄巾賊討伐に加わって手柄を立てよ、そしたら、上役に上手く言って
また、役人として使ってやるから」
おそらく、このようなやり取りがあり、劉備は刑務所送りを
免れ、逆に役人として返り咲きます。
これも、ぬかりなく、色々な人に面通しをしていた劉備ならではの、
逆境克服術だと言えるでしょう。
公孫瓚、袁紹、曹操、ビックネームを射止める劉備のコネ技
その後、劉備は、公孫瓚を頼り、次には、曹操を防ぐ名目で、
派遣された徐州では、病死した陶謙(とうけん)の後を継ぐ形で徐州を領有します。
次には、呂布(りょふ)に徐州を追われると曹操を頼って逃亡し、
今度は曹操の暗殺計画に一枚噛んで、曹操の下からも逃亡し、
曹操と敵対していた袁紹を頼って、その武将になり曹操と敵対します。
すんなりと書いていますが、普通、こうは簡単にはいきません。
劉備は、かつて公孫瓚配下として、袁紹と小競り合いを起こしていて、
また、曹操は、陶謙の仇でもあるからです。
一歩間違うと、飛んで火に入るになる所を、どうして劉備は、
スイスイと泳ぐ事が出来たのでしょうか?
こじつけでもいい、小さな繋がりで心の扉をこじ開ける
例えば、公孫瓚に仕官する時には劉備は、
公孫瓚が盧植に師事していた時の同門であるという事を強調したようです。
盧植の弟子は数千人単位であり、公孫瓚の中には、幽霊学生の
劉備の記憶はなかったと思います。
現実に蜀書先主伝には、具体的な盧植の弟子時代の
劉備と公孫瓚との逸話は何もないからです。
しかし、同じ師に従事した同門というのは兄弟弟子
(劉備が例え幽霊学生でも)という事で無下には出来ませんでした。
劉備は、こういう繋がりを使うのが大変上手い男なのです。
また、袁紹の所に転がりこんだ時には、かつて劉備が、
袁紹の子である袁譚(えんたん)を茂才(ぼうさい)で
推挙していた事を利用しています。
実子を役人に推挙していた劉備を無下には扱えないという
袁紹の心理をちゃっかり利用しているのです。
曹操とは、陶謙を通じて敵同士でしたが、劉備は早々と、
敵を袁術一本にまとめて、曹操が劉備を鎮東将軍に任じた時にも
これを逆らわずに受け入れています。
もちろん、呂布に敗れて曹操の所に亡命した時にも、
この鎮東将軍任命の事を最大限利用した事でしょう。
小さな繋がりでも、捨てたりしないで保っておく by 劉備
「多くの人はお願いしますとは言うけど、
その後どうなったかまで報告してくれる人は少ないね・・
これも人情ではあるけど、寂しい限りだよ」
これは、ある大企業の重役の言葉なのだそうです。
多くの人が、彼を頼り、仕事の仲介を一生懸命にお願いするが、
その後、事業が成功したかどうかを連絡してくれる人は、
とても少ないと嘆いています。
私達は、まず、仕事を成功させる事に意識を集中させてしまい、
その仲介の労を取った人の事は忘れがちです。
でも、その人だって一定の骨折りをしたのですから、自分が仲介した
事業がその後どうなったかに関心があるのです。
もし、あなたが、そういう所まで気を配り、成功しても失敗しても
簡単な報告と、「あの時は本当に有難う御座いました」の一文を
付け加えるなら、そのコネクションは、また次の段階で大きく
活かされる事になります。
劉備はまさに、小さな繋がり、小さなコネでも捨てずに取り置きして
今、必要という時に、それを活かしました。
見た目と違い、とてもマメで細かい気配りが出来る人なのです。
ビジネス三国志ライターkawausoの独り言
コネはコネクションの略であり、
それは、小さくても一緒に仕事に携わった人に、
「ああ、気持ちがいい人だな、この人となら、また仕事がしたいな」
という気配りというテクニックの一つなのです。
劉備は、刺客にさえ気を配ってもてなし、殺害を思い留まらせる
という程の誠心誠意の人でもありました。
さて、あなたには、振り返ってみると放置しているコネはありませんか?
今からでも、連絡を取り、近況を聞いてみる事で新しいビジネスの
チャンスが広がるかも知れませんよ。
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