袁術祭り

はじめての三国志

menu

はじめての呉

孫香(そんこう)とはどんな人?そんな人いたんだ!最期まで袁術に尽くした孫家の将

この記事の所要時間: 356




 

孫家といえば、孫策(そんさく)、或いは、孫権(そんけん)の下で

一枚岩というイメージがあります。

しかし、事実はそうではありませんで、孫堅(そんけん)の弟の孫静(そんせい)が、

兄との「おら!将軍サなるだ」トラブルで、生前はあまり孫呉に協力的では

なかったりしていました。

また、袁術の配下にも孫家でありながら、最期まで袁家に忠義を尽くした男がいます。

それが、孫堅の再従弟である孫香文陽(そんこう・ぶんよう)です。

 

 

さて、皆さまの応援で、はじさんも月間95.6万PV(2017年1月現在)を達成し、

いよいよ念願だった100万PVが間近に見えてきました。

なんて、告知も含めつつ、本日も気合入れて行ってみまSHOW!

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情




孫堅の再従弟にあたる孫香

 

孫香の父は、孫孺(そんじゅ)といい、孫堅の再従弟であたるようです。

若い頃に、孫香は呉郡に出仕して主簿・そして功曹になりました。

功曹というのは、民間の人材を役所にスカウトする職業ですが、

同世代らしき、孫賁(そんほん)が両親を早くに失い、幼い弟を養う為に、

同じ呉郡で督郵(とくゆう)をしていたという記録が呉書、孫賁伝にあります。

 

もしかして、孫賁の境遇に同情して、功曹の権限で孫賁を

督郵に推挙したのが孫香だったのかも知れません。

確かめようがありませんが、ありそうな話に思えます。




西暦172年、孫堅の挙兵に付従う

 

西暦172年、17歳で賊退治をするなど、普通じゃない孫堅は、

海運業者の実家を弟の孫静に押しつけて、ビッグになるんだと家を飛び出します。

この時に、孫賁も弟を連れて参加し孫香も従軍しました。

以後、孫堅は、朱儁(しゅしゅん)に従い黄巾賊討伐で手柄を立て、

涼州では、張温(ちょうおん)に従い謀反した辺章(へんしょう)、韓遂(かんすい)を

打ち破り、度々、手柄を立てて長沙大守、烏程(うてい)侯に封じられます。

 

この間の十数年、孫香も相当な実戦経験を積んだのでしょう。

いつ頃かは分りませんが郎中(ろうちゅう)に推挙されています。

兎に角、孫堅のキャリアは並みではなく、曹操(そうそう)や劉備(りゅうび)が

黄巾賊を相手にする、はるか12年前から戦いの経験を積んでいるのです。

 

孫堅が黄祖の伏兵で戦死、再び袁術を頼る

 

西暦189年、董卓(とうたく)が洛陽を陥れると孫堅は董卓側にはつかず、

反董卓連合軍の袁術(えんじゅつ)に従います、そして陽人の戦いで董卓軍を撃破し

華雄(かゆう)を討ち取り、董卓軍が洛陽から長安に移る原因を造ります。

キャリア抜群で向かう所敵無しの孫堅ですが、191年頃、油断したのか

袁術の命令で劉表(りゅうひょう)と争った時に、黄祖(こうそ)の伏兵から

矢をハリネズミになる程に受けて壮絶な戦死を遂げました。

 

大黒柱を失った孫堅の軍勢は、孫賁を後継者として、孫堅の柩を葬ります。

当初、呉景の一族と通婚関係にある、曲阿の劉繇に帰属するつもりだったようですが、

関係悪化、寿春に移った袁術の加勢をした孫賁が再び袁術に用いられるようになります。

恐らく、孫香もこれに参加したのでしょう、同じく孫家系の将には、

孫堅の遺児である孫策、それに母方の呉夫人の弟、呉景(ごけい)がいます。

 

孫策が頭角を現し、袁術軍の主力になる

 

孫賁、呉景、孫香は、同じく漢王朝に揚州刺史に任命された

因縁がある劉繇(りゅうよう)との激闘に入ります。

劉繇側には、太史慈(たいしじ)などの猛将がいて、孫賁、孫香は

大苦戦し、なかなか勝てません。

そこで、出てきたのが孫策で、彼の加勢でさしもの劉繇も退却し、

孫策は孫家のリーダーの地位を孫賁から奪い取る事になります。

 

しかし、上昇志向が強い孫策は、孫賁、呉景、孫香を寿春に帰還させた後も

江東に留まり、孫堅の弟の孫静の力を借りて、会稽大守の王朗(おうろう)を降し、

独立の構えを見せていきます。

 

孫香、孫策の呼びかけを無視し、袁術につく事を決意する

 

江表伝によると、劉繇を放逐した袁術は、呉景を広陵太守、孫賁を

九江(きゅうこう)大守、孫香を汝南(じょなん)大守に任命しています。

袁術、ケチにならず命がけで戦った事に応えて相応に遇しています。

しかし、この頃、王朗を降した孫策から一族に手紙が届きます。

 

簡単に言うと、袁術につくか?俺につくか選べという内容です。

呉景と孫賁は、皇帝を自称した袁術を見限り、孫策に走りますが、

汝南大守の孫香は動かず、袁術の下に留まりました。

 

そして、呉書によれば、その後も袁術に尽くし征南将軍に昇進して寿春で死にました。

生没年は不詳ですが、もしかすると、呂布討伐戦や陳を巡る曹操軍との戦いにも

密かに参加していたのかも知れません。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

江表伝によれば、孫香は汝南にいるので遠過ぎ、孫策の手紙に応えられなかった

とされていますが、果たしてそうでしょうか?

実際には、袁術に個人的に忠義や恩義を感じて、留まったのではないでしょうか?

江表伝は、徹底して袁術をコケにしていますが、それは後付けであり、

197年の正月に皇帝を自称しても、袁術は199年8月までは生きているのですから、

その間、皇帝袁術の将として誇りを持って帝業を支えた将もいたのです。

その一人が孫香だった、そういう事ではないでしょうか?

 

 

 

ところで初心者でも分かりやすい三国志の配信を目指して、2年と少し、

少ない人数でマンパワー重視でやってきた、はじめての三国志が、

2017年の1月で、なんと95万PVを達成しました。

我ながらすごい!今後もはじさんは、マンパワー全開で

目前の100万PVを目指します。

読者の皆様ありがとう!変わらぬ応援をお願いします。

 

関連記事:【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた

関連記事:呉の家臣団の組織関係が孫策時代と孫権時代が全く違い面白い

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 37話:人を信じられなかった豪傑呂布、戦場に散る
  2. 後漢の時代のお金の常識に迫る!当時の金融はどんなモノだったの?
  3. ケチで有名だった曹洪の子孫はどうなったの?ケチが災いし処刑されか…
  4. 113話:老将・黄忠死す、次々と天に還る五虎将軍
  5. 83話:劉備は荊州四郡をゲット!怒涛の快進撃
  6. 荊州争奪戦、荊州がどうしても欲しいんです
  7. 中二病韓信 ヤクザ劉邦を大説得、神分析に漢軍大フィーバー
  8. 【キングダム】秦の旧六大将軍と新六大将軍を大胆予想!

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 三国志:前半戦のまとめその2(董卓君臨から官渡の戦いまで)
  2. 関銀屏(かんぎんぺい)とはどんな人?まさに三国志界のジェダイの騎士
  3. そうか!曹叡が豹変したのは、孔明が死んだからではなかった!
  4. 鄧芝(とうし)ってどんな人?ザ・セルフ釜ゆで 孫権を心服させた名使者
  5. 孔明や荀彧が務めていた尚書(しょうしょ)ってどんな役職?女尚書も存在した?
  6. 52話:袁紹を破った曹操は、中原最強の勢力に成長

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

46話:袁紹軍の審配、石弓隊で曹操軍を撃破 【歴代名馬史上最強戦】赤兎馬と騅ではどっちが凄い? 【保存版】関羽が生涯に斬った主な敵将一覧 たった26年の生涯を駆け抜けた小覇王・孫策 ここを押さえれば大丈夫!NHK大河ドラマ『真田丸』を100倍楽しむ方法! はじめての三国志 FRESH! by AbemaTVを開設しました! 【衝撃の事実】ドラゴンブレイドは虚構ではない!二千年前に遭遇していたローマ軍と漢軍 110話:関羽の悲報に復讐に燃える劉備

おすすめ記事

  1. 狼中年劉備、もっともらしい事を言って孫権を欺く
  2. 魏の諸葛誕が反乱に失敗した原因ってなに?
  3. もし郭嘉が魏の建国まで長生きしていたら魏の内閣総理大臣になっていた?
  4. 十常侍ってなんぞや?
  5. 【キングダムの登場人物の子孫達】東晋時代の王賁の子孫の政治手腕と軍事手腕がヤバイ!
  6. 王烈(おうれつ)を知っていたら三国志マニア?名声をもっていながら民衆として生きた名士
  7. 【驚愕の事実】三国志ではなく五国志だった!士燮(ししょう)勢力の台頭
  8. 陸遜の死後、一族はどうなったの?呉の滅亡後、晋の散騎常侍に仕えた一族達

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP