さてさて今回はタイトルからして羅貫中先生に喧嘩を打っているような感じになってしまいましたが、決して羅貫中先生が女性の敵である!なんていうお話ではありませんので、そこだけはお断りを入れておきましょう。
そして今回お話として出てくるのは南蛮王・孟獲の妻である祝融夫人。三国志演義では珍しい戦う女性ですが、実はこれこそ羅貫中の罠だった。この一件について、一つずつご紹介していきますね。
この記事の目次
んんん?
さて祝融夫人は南蛮王・孟獲の妻。とは言えこの方は三国志演義で登場する人物であることはまず言っておかなければいけないことでしょう。
諸葛亮の南蛮平定で戦う孟獲の妻は、古代の神様である「祝融」の末裔であり、自らも祝融と名乗っています。このため周囲の南蛮兵たちも彼女を祝融夫人、と呼んでいます。あれあれ?これはちょっと不思議だぞ?
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ちょっとふしぎ
さて主出して欲しいのですが、この時代は女性は一般的には家の名で呼ばれます。呉夫人とか、袁夫人とかがそうですね。皇后になるとそこに皇后という役職名が付いて、例えば曹操の娘の曹節などは曹皇后と呼ばれました。
このためかどうかは分かりませんが、かなりの地位の女性でも本名が分からない人は多くいます。なので祝融夫人ってだいぶ不思議な呼び方なのですが……これも後々。
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南蛮平定はじまるよ
さあ諸葛亮の南蛮平定です。孟獲は何度も諸葛亮と戦いますが、その度に捕まっては解放されるの繰り返しです。これはかなりの屈辱、もう二度と(※五回目)繰り返したくはありません。
しかしどうしたものか……そこで出てくるのが祝融夫人。彼女は自ら出陣、魏延や趙雲を退却に追い込み、馬忠らを一騎討ちで破って捕まえてしまいます。
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羅貫中先生やるじゃない!
正に男性の猛将たち顔負けの武勇、これは三国志演義でも珍しいことです。三国志演義では董卓や呂布を手玉に取る貂蝉という存在もいますが、実際に戦って勝利するような女性は出てきません。これは間違いなく、長期連載において新しいキャラクターを出してのテコ入れと言えるでしょう!
羅貫中先生もやっぱりカッコいい女性を描いてみたかったんですね!?……というのはちょっと早計。実は祝融夫人は、南蛮平定だからこそ出てきた戦う女性なのです。
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