45話:象対蟻か?袁紹vs曹操

2015年3月18日


 

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曹操&袁紹花嫁泥棒

 

曹操(そうそう)と袁紹(えんしょう)は、幼馴染で年齢も近い、不良仲間でした。

 

官渡の戦い 騎馬兵

 

その両者が、後漢末の戦国の動乱でライバルを倒して生き残り華北の覇権を巡り、激突したのが西暦200年の官渡の戦いです。ちょっと見ると、三国志では曹操(そうそう)の活躍が派手であり、おまけに献帝(けんてい)も擁しているので、戦力的には曹操(そうそう)が有利なイメージを持ちます。

 

曹操

 

ところが、実際は、逆で曹操(そうそう)は劣勢だったのです。

 

前回記事:44話:複雑な官渡の戦いを時系列で紹介

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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袁紹(えんしょう)は何で有利だったの?

袁紹 曹操

 

袁紹(えんしょう)が支配している地域は、黄巾の乱の本拠地であった事情から、略奪の被害が少なく、土地も荒れ果てていませんでした。

 

公孫サン(公孫瓚)

 

それに加えて、袁紹(えんしょう)の当面の敵は、幽州にいた公孫瓚(こうそん・さん)だけで、曹操(そうそう)のように複数の敵に備えて兵力を分散させなくて良かったのです。

 

曹操(そうそう)が劣勢だった理由とは?

親友に裏切られた曹操

 

一方の曹操は、なまじ中国のど真ん中を領有した為に、劉表(りゅうひょう)、袁術(えんじゅつ)、劉備(りゅうび)、馬騰(ばとう)、孫策(そんさく)、呂布(りょふ)、等の複数の敵を抱えていて、おまけにこの地域は何度も支配者が変わった関係で、土地が荒れ果てて、回復していませんでした。

 

青州兵30万人の軍勢を持っていた曹操だが・・・

曹操 黄巾党が仲間に!

 

曹操は、青州兵と呼ばれる30万人の兵力を擁してはいましたが、これらも各地に分散しないといけないので、全てを袁紹(えんしょう)相手に向けるわけにはいかない事情もあったのです。

 

袁紹(えんしょう)と曹操(そうそう)の戦力差はどれだけあったの?

曹操VS袁紹ありゾウ

 

さて、気になる袁紹と曹操の戦力差ですが、、三国志演義によれば、曹操が7万人に対して、袁紹は、70万人と記録されているようです。つまり、戦力差は10:1、まさに象と蟻の戦いになっています。

 

曹操軍の悩み

曹操02

 

さらに曹操(そうそう)にとっては厳しい事に、曹操軍は兵糧も不足していました。一方の袁紹(えんしょう)は、大軍にも関わらず、兵糧にも余裕があったのです。

 

荀攸と荀彧

 

第一ラウンドである、白馬・延津の戦いでは、曹操軍の荀攸(じゅんゆう)の計略にハマり顔良(がんりょう)と文醜(ぶんしゅう)という二将を討ち取られ、惨敗した袁紹(えんしょう)ですが、その程度では戦力と物量差は覆らず、袁紹は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だったのです。

 

袁紹軍の軍師達の戦略

田豊

 

実際に、袁紹の軍師である沮授(そじゅ)も田豊(でんぽう)も、兵糧と大兵力を活かして、曹操軍のたてこもる官渡(かんと)城を囲み、数年をかけて兵糧攻めにすれば、一兵も損なわずに勝てますと進言しています。

 

袁紹軍が長期決戦を辞めた理由

曹操 油断

 

ところが、袁紹(えんしょう)は長期決戦を退けていました。理由は、白馬・延津の戦いの大惨敗が悔しかったからです。袁紹は、不良時代から曹操には敵わず、その後塵(こうじん)を拝していました。

 

献帝を保護する曹操

 

家柄の違いから、その後の出世レースでは有利に立ち、一時期は、曹操を配下にしていたものの、曹操はいつの間にか献帝(けんてい)を擁して独立し、立場は自分より上になっています。

 

袁紹と曹操

 

さらに今回の決戦での敗北、、袁紹のプライドは傷つき、何としても直接対決で曹操を踏み砕くという激しい怒りに燃えていたのです。

 

曹操

 

そして、曹操にとっては、この決戦を急ぐ袁紹の対応は、兵糧不足で短期決戦を望む自分の思惑に適うものでした。

 

次回記事:46話:袁紹軍の審配、石弓隊で曹操軍を撃破

 

 

 

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kawauso

kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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