魏の功臣「曹真」の死因とは?「三国志演義」と正史「三国志」の描写の違いを紹介

2022年2月21日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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曹真

 

魏の功臣「曹真(そうしん)」は曹操(そうそう)と同じ一族で、彼の覇業を助けたことでも知られていますね。

 

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志(本)書類

 

そんな曹真の死は、正史「三国志」と小説「三国志演義」では大きく違い、特に「演義」ではとんでもない演出がなされていたのです。今回の記事ではそんな曹真の生い立ちから死の描写について探ってみましょう。

 

 

曹真の生い立ち

曹操の元で仕える辛ピ

 

先ずは曹真の生い立ちから見てみましょう。曹真は曹操の甥にあたる人物で、父親は曹操の挙兵の際に参加しています。しかし曹真の父は董卓(とうたく)の部下といさかいを起こし、殺されてしまいます。

 

曹真を引き取り養う曹操 +曹丕

 

この時曹真はまだ幼かったため、それを憐れんだ曹操に引き取られ、息子同然に育てられたのです。

 

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曹操孟徳

 

 

 

曹操の親衛隊「虎豹騎」の指揮を任される

後ろ向きになって弓矢を放ち虎を倒す曹真 虎豹騎

 

曹真の武勇を示すエピソードがあります。彼が狩りに出た際、虎に追われてしまいました。しかし曹真は馬の上から後ろ向きに矢を放ち、それが一撃で虎に命中、虎を仕留めることが出来たというのです。

 

曹操と虎豹騎

 

これを聞いた曹操は曹真の武勇をほめたたえ、しかも曹操直属の騎馬部隊である「虎豹騎(こひょうき)」の指揮を任せることにしたのです。

 

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魏のマイナー武将列伝

 

 

蜀との戦いで功績を挙げる曹真

魏の重鎮になった曹真

 

「虎豹騎」の指揮官として数々の戦いに参加したのち、主に「漢中」方面で将軍として蜀軍と戦う事になります。「定軍山(ていぐんざん)の戦い」で魏の武将「夏侯淵(かこうえん)」が戦死してしまうと、曹操から「征蜀護軍」という地位を与えられ、蜀との戦いの最前線に立ち、度々蜀軍を撃退しています。

 

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法正

 

 

曹丕からも信頼され、魏の重鎮になった曹真

皇帝に就任した曹丕

 

曹真は幼いころから曹操の息子同然に育てられましたが、曹操の実の息子「曹丕(そうひ)」とも兄弟のように育ちました。曹操が亡くなり、曹丕が皇帝に即位してからも彼からは絶大な信頼をおかれ、「都督」という軍政を統括する役職に就いたのです。

 

曹叡に蜀を征伐することの必要性を説く曹真

 

曹真はおもに魏西部の「雍州(ようしゅう)・涼州(りょうしゅう)」の責任者となり、多くの反乱の鎮圧に従事しています。226年に曹丕が亡くなる直前には司馬懿(しばい)らと共に後継ぎの「曹叡(そうえい)」の補佐を任され、曹叡が即位すると大将軍の位に就き、軍事を司ることになります。

 

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馬超特集

 

 

諸葛亮との戦い

バチバチやりあう孔明と曹真

 

諸葛亮(しょうかつりょう)が北伐を開始すると、曹真はその対応に当たります。曹真は侵攻してくる諸葛亮を撃破し、「陳倉(ちんそう)城」を囲まれた際には諸葛亮の動きを読み、援軍を派遣し、諸葛亮を撤退させることに成功しています。

 

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【北伐の真実に迫る】北伐

蜀征伐を決意、しかし

雨の中進軍する曹真

 

230年、連年の北伐により蜀は衰退していると予想して曹真は、曹叡に蜀の征伐を進言します。この案は採用され、曹真は司馬懿と共に二手に分かれて蜀への侵攻を開始します。しかし、30日以上も長雨が降り続き、桟道(崖に杭を打ち、板を乗せた道)は崩壊し、水害も発生しました。やむを得ず魏軍は撤退し、曹真の蜀征伐は失敗に終わります。

 

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はじめての三国志Youtubeチャンネル2

 

 

曹真の死

幕末 臨終のシーン 亡くなる(死)モブ

 

蜀征伐失敗の翌年、諸葛亮は再び北伐の軍を起こします。その陣中で曹真は病に倒れ、洛陽に帰還します。皇帝曹叡は自ら曹真を見舞うなどしましたが、病状は好転せず、231年に曹真は亡くなります。これ以後、諸葛亮との対決は司馬懿に任せられることになるのです。

 

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英雄の死因

 

 

「三国志演義」での曹真の死

三国志演義_書類

 

正史では陣中で病を発し、亡くなった曹真ですが、小説「三国志演義」ではアレンジがなされています。まず、正史で諸葛亮の北伐に主に対応したのは曹真でしたが、「三国志演義」ではほとんどが司馬懿の仕事になっています。これは司馬懿と諸葛亮をライバルにするためのアレンジなのでしょう。

 

孔明の計画をぶちこわす曹真

 

また、蜀征伐で撤退した際には曹真は諸葛亮に追撃され、策によって命の危機にさらされます。そこで司馬懿に救われるものの、曹真は病に倒れてしまうのです。

 

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英雄の墓

 

 

諸葛亮の手紙

舌戦で煽るのがうまい諸葛亮孔明

 

曹真が倒れたことを知った諸葛亮は曹真に手紙を送ります。

 

しかしその内容は

「無学の若造め」

「戦わないで逃げるのか臆病者!」

「どの面下げて国に帰るのか」

などなど罵倒の言葉ばかりだったのです。

 

憤死する麋竺(モブ)

 

これを読んでしまった曹真はあまりの無念のために死んでしまいます。いわゆる「憤死」というものです。いくら諸葛亮の有能さを示すといっても少しやりすぎなエピソードなような気がしますね。ただ、これがその後の司馬懿との対決を盛り上げるスパイスにもなっています。

 

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ながら三国志

 

 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

曹真は自分の恩賞を部下に分け与えるなど、部下にも好かれた人物だったようです。そんな曹真をあんな扱いにするなんて「三国志演義」はちょっと酷いですね。

 

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曹真

 

 

 

 

 

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みうらひろし

歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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