曹丕と曹沖をトレードしたら禅譲は起こらず魏は王国のままだった?「三国志とりかへばや」

2022年6月8日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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諸葛恪まで論破する費禕

 

後の呉の皇帝、孫権(そんけん)が諸葛瑾(しょかつきん)の子、諸葛恪(しょかつかく)の才覚を指して「藍田生玉(らんでんしょうぎょく)」家柄の良い家からは賢明な子が生まれる、と言ったように、良い家からは優秀な子が生まれるのは絶対なのでしょうか?

 

とは言え優秀な親の子となると、それ以上の優秀さを期待してしまうというのもまた人の本心というものでしょう。

 

曹丕

 

今回はそこの辺りを考えつつ、稀代の英雄、曹操(そうそう)の後継者となった曹丕(そうひ)のとりかへばやを考えてみましょう。

 

 

 

 

曹丕は曹操の三男坊。でも嫡男どうして?

曹真を引き取り養う曹操 +曹丕

 

一般的に曹操の嫡男、という扱いを受ける曹丕ですが、曹操の長男ではなく、元々は庶子(しょし)であり、曹操の息子では三番目です。ちょっとこの嫡男について説明すると、基本的には「正室の産んだ子の中で一番年長の男の子」を指します。当時、曹操の正室は丁夫人(ていふじん)であり、嫡男は曹昂(そうこう)がおりました。

 

 

曹昂(曹昴)

 

(ややこしいのですが、丁夫人も二番目の正室で、劉夫人(りゅうふじん)という人物の息子が曹昂です)

 

しかしこの曹昂は張繍(ちょうしゅう)らの奇襲を曹操が受けた際に、曹操を逃がして亡くなります。この後、曹昂の死に怒った丁夫人は曹操と離縁し、曹丕らの母親の卞夫人(べんふじん)が曹操の正室となり、次男の曹シャクも早世したので、曹丕は曹操の嫡男、となったのです。

 

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魏のマイナー武将列伝

 

 

 

戦争は負けてばかりでも内政は充実した曹丕

皇帝に就任した曹丕

 

曹丕は文帝(ぶんてい)と呼ばれますが、これは皇帝に対する諡(おくりな)です。諡の中でも高徳のものとされ、主に「内政で評価の高い皇帝」に贈られます。

 

十常侍(宦官)

 

事実、曹丕はあまり戦面では芳しい成績を挙げてはいませんが、宦官(かんがん)への対処、外戚、主に皇后の政治関与を防ぐなど、漢王朝時代の件を踏まえていくつもの政治改革を行っています。

 

司馬昭

 

余談ですが、司馬懿(しばい)の子、晋の皇帝・司馬昭(しばしょう)も文帝です。おそろいですね!

 

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曹操孟徳

 

 

人の好き嫌いが激しかった曹丕

スイーツを国中から求める曹丕

 

好き嫌いが激しい人と言っても葡萄(ぶどう)が好きで葡萄ばっかり食べていたとかそう言うことではありません。曹丕の悪癖の一つに、その冷酷さが挙げられます。例えば前述した張繍を兄の一件で嫌味を言ったり、降伏した于禁(うきん)を辱めたり、私怨で他者を痛めつける(特にメンタル面で)件が多く記録されており、執念深く、酷薄(こくはく)の一言です。

 

于禁を虐める曹丕

 

その一方で気に入った人物に対しては甘すぎるほど甘く、曹操に警戒された司馬懿を何度も庇ったり、あの悪知恵だけでのし上がった呉質(ごしつ)をめちゃくちゃ可愛がって信頼しまくったりと、不思議な印象を受ける人物でもありますね。

 

呉質

 

さてさてそんな曹丕のとりかへばや、どうなるでしょうか?

 

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三国志とりかへばや物語

 

 

 

孫権と取り替えたら司馬氏の台頭は無かった?

孫策が亡くなり呉を継ぐ若き孫権

 

まずは敢えて曹操が「息子にするなら孫権がいいな!(意訳)」といった孫権をピックアップしてみましょう。孫権ももちろん優秀なのですが、問題点としてやや頑固な所、もっと大きな問題点として酒乱が過ぎる所が挙げられます。

 

宴が生き甲斐 孫権

 

嫌味で殺されるか酔って殺されるかという二択のような状況ですが、孫権の最大の強みとして「寿命が長い」がありますよね!曹操の後継者が長生きしていれば、司馬一族の台頭はなかったのでは???

 

というか孫権は陳羣(ちんぐん)や司馬懿とは相性がよろしくなさそうだから、そういう面でも台頭はなさそうだな……?

 

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『まだ漢王朝で消耗してるの?』

まだ漢王朝で消耗しているの

 

 

曹彰と取り替えたら内乱だらけになる

曹彰

 

ここからは真面目に行きましょう、弟の曹彰(そうしょう)はどうなるでしょうか。と、言いましたがこの曹彰、一点、大きな問題があります。

 

それは曹彰、政治に殆ど興味がないことなのです。武勇こそ人並み以上に優れていますが、気性が激しく、学問を学ばせようとしても「博士になりたいんじゃない!将軍になるんだい!」という感じで、曹操が亡くなった時にも賈逵(かき)に

 

順調に将軍まで出世する陳武

 

「璽綬どこ?」と直球で聞いています。こういう腹芸の出来なさは皇帝としてはかなり心配な面が見え隠れしますね。

 

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激動の時代を生きた先人たちから学ぶ『ビジネス三国志』

ビジネス三国志

曹植と取り替えたら魏は征服王朝に変貌

曹植は軟弱ではなかった

 

曹丕に七歩の詩でいびられたことで有名な後継者争いをした弟。詩聖とまで言われた詩の才を持っていましたが、本人は何よりも男は戦働きこそ一番!というタイプでした。この辺は詩文を作って学問や国を豊かにすることを推奨した曹丕とは真逆です。

 

曹植は軟弱ではなかった曹植

 

とは言えこの性格で皇帝に付くとなると、曹丕よりは勇猛果敢に呉と戦う道を選ぶかもしれませんね。個人的には丁儀(ていぎ)らの活躍も期待したい所です。が、曹植(そうしょく)が皇帝になるとあの数々の詩は生まれなかった……となりそうなのが、ちょっと寂しい所でしょうか。

 

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曹沖と取り替えたら後漢は滅びない

曹沖

 

曹操に最も愛された子、しかして夭折(ようせつ)してしまう曹沖(そうちゅう)。その才覚は正に天に愛された才能、と言っても良い存在ですが、天に愛され過ぎたのか彼は夭折してしまいます。曹丕も曹沖が生きていたら天下を治められなかった、と言っているほどに、才覚があった存在。

 

曹沖が亡くなり悲しむ曹操

 

ただ気性も穏やかで人格者の曹沖が、皇位簒奪(さんだつ)に踏み切るか?というのは個人的には疑問点。もしかしたら曹操の後継者となった曹沖はあくまで魏王として、漢王朝の時代が続いたのかもしれませんね。ともあれ曹沖と周不疑の治める天下も見たかったなぁ……見たいよ(願望)

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

曹丕と曹植の後継者争いが有名なので不仲なイメージもある曹兄弟ですが、実は普段は手紙のやり取りが頻繁にあったりと、そこまで日常では不仲ではないのではないか、という印象も受けます。

 

ただ、どうしても後継者争いになったのは何よりも周囲の支持者たちの争いもあったのでしょうね。

 

後継者争いで喧嘩する曹丕と曹植

 

なので個人的には曹丕が後継者とならなかったとしたら、魏は漢王朝の一国のままという可能性もあり、歴史はどれだけ変わっていたのか……が予見されました。また司馬一族の台頭は、筆者は司馬懿よりも司馬師をどうするかが問題と思っていますので、今回はだいぶ考えの外に置いてもらっております。

 

意外と大きく歴史が変わったかもしれないとりかへばや、本日はこれまで!

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

どぼん!

 

参考文献:魏書武帝紀 文帝記 任城陳蕭王伝 武文世王公伝

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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