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【三国志の疑問】女性を巡る男の戦いはどこまで真実なの?史実と演義を比較

この記事の所要時間: 340




絶世美女 貂蝉

 

三国志のなかで女性を巡って戦い合う場面は、ありそうでそうそうありません。

やはり三国志は国を巡る戦いのお話ですね。

そんななかでも有名なのは、貂蝉(ちょうせん)という女性を巡る

司徒・王允(おういん)の「連環の計」でしょうか。




連環の計 董卓VS呂布

呂布 バックブリーカー

 

これにより呂布(りょふ)は義父である董卓(とうたく)を殺害することになります。

初平三年(192年)のことです。このクーデターにより天下は大きく揺らぐことになります。

 

連幹の計 呂布 貂蝉

 

これには諸説いろいろありますが、女性絡みで呂布が董卓を恨みに思ったことは間違いないようです。

董卓は妬心で身を滅ぼしたわけですね。

 

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敵の妻を奪い正妻にする 曹丕VS袁熙

曹丕 残忍

 

建安九年(204年)には曹操(そうそう)が袁譚(えんたん)に加担し、

袁尚(えんしょう)を攻めます。

本拠地の鄴城は五月に包囲されて、八月には落城します。

このとき、曹操の息子である18歳の曹丕(そうひ)が、敵将の妻で、

いち早く曹丕に捕縛された甄夫人を妻として迎えたいと父親に申し出ます。

甄夫人はこのとき23歳でした。

夫の袁熙は未だ幽州で健在な状態です。

しかも側室ではなく正室です。正気の沙汰ではありません。

曹操は渋々承諾したと云います。云った後でその美貌を見て後悔したとも伝えられています。

息子の恋人に下心を抱くとはさすがは曹操……でもそれってフィクションですよ。

甄夫人は、翌年には曹丕の子を出産しています。それが曹叡です。

 

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兄の妻に憧れを抱く 曹植VS曹丕

曹丕 曹植

 

甄夫人はやがて甄皇后となります。

曹丕が文帝として魏の帝位に就いたからです。

その甄皇后に恋心を抱いてしまったのが、曹丕の弟の曹植(そうしょく)です。

 

曹植

 

彼は剣を持って戦い、兄から奪おうとはしませんでしたが、その思いを詩で詠んでいます。

それが曹植なりの戦い方だったのでしょう。

「洛神ノ賦」という題を明帝(曹叡)からあたえられた散文詩です。

曹植は「感甄ノ賦」という題を付けていたと云います。

叔父の実の母への思いに気づいた明帝がタイトルを変えたのです。

曹植なりの挑戦状のような、ラブレターのような意味合いもあったのでしょうが、見事に明帝にかわされています。

 

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赤壁の戦いの際の「登台賦」 曹操VS周瑜

周瑜の魅力

 

詩と云えば、赤壁の戦い以前に諸葛亮が周瑜(しゅうゆ)を怒らせるために伝えたとされる「銅雀台賦」があります。

曹植の詩です。正式には「登台賦」です。

曹操が周瑜の夫人である小喬を手に入れて、

鄴都の銅雀台において晩年を楽しみたいと云っている詩ですね。

「攬二喬兮東南、楽朝夕兮与共」とあります。

東南より二喬をとりて、共に朝夕を楽しまん。というものです。

 

周瑜くやしい 呉

 

これを聞いて周瑜は激昂して曹操との決戦を決意したとされています。

ただしこの二句は曹植の原作にはないそうです。

完全に三国志演義の作者の創作ですね。

唐代の詩人である杜牧の「赤壁」からヒントを得たそうです。

そこには、「東風周郎のために便ぜずんば、銅雀春深くして二喬を閉ざさん」とあります。

もし周瑜が負けていたら、という仮想の話です。

つまり諸葛亮の周瑜説得の戦法はフィクションだったということです。

そもそも曹操が銅雀台を築いたのは建安十五年(210年)のことで、

赤壁の戦いの二年後のことですから、曹植も詠みようがありません。

時代考証が完全にずれてしまっています。

後世のひとが曹操の女好きをネタにして面白がって付け加えたのでしょう。

小喬を巡って曹操と周瑜が戦った。わけではなさそうです。

 

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三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

袁術にも正室や側室はいたでしょう。袁耀という息子もいますし、娘もいます。

はたしてどんなロマンスがあったのでしょうか。

もしかしたら袁紹とひとりの女性を巡って争ったかもしれませんね。

残念ながら記録には残されていません。

袁術に愛しい女性を思う気持ちを詠う詩才があったのかどうかも定かではありません。

 

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この記事を書いた人:ろひもと理穂

ろひもと理穂

■自己紹介:

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。

 

■好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

 

■何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

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