司馬昭(しばしょう)とはどんな人?三国時代終焉の立役者でもあり司馬懿の次男


鍾会の反乱

劉禅

 

司馬昭(しばしょう)の予想は当たってしまいます。鍾会(しょうかい)の副将である鄧艾(とうがい)の活躍によって蜀の国主である劉禅(りゅうぜん)が降伏。こうして蜀は滅亡することになります。その後鍾会は副将である鄧艾と息子を謀反の可能性があるとして逮捕した後殺害。そして蜀の降伏兵と自分が率いていた魏軍を手中に収めて、司馬昭に反乱を起こします。鍾会が反乱を起こした事を知った司馬昭は長安に10万の兵を率いて駐屯し、蜀の反乱の状況を見守ります。その結果鍾会と共に反乱を企てた姜維は、鍾会の部下であった将軍・胡烈(これつ)の活躍によって反乱は鎮圧。全て司馬昭の読み通りに推移して反乱は終結することになります。

 

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晋王の誕生

司馬昭

 

司馬昭は鍾会が反乱を起こす半年前に晋公から晋王の位に昇進を果たします。皇帝である曹奐は「司馬家は長年魏の王朝に忠誠を誓い、彼らが上げてきた功績は比類ないものである。よって司馬昭を晋公の位から晋王の位に昇進させるものである」との詔勅が下ります。司馬昭はこの詔勅をもらいついに晋王へ登ることになります。こうして魏王朝の中で最大の官職を受け取った司馬昭は、つぎに彼が就任することになるのは皇帝のくらいしかなく、いつ禅譲が行われてもおかしくない状況になります。

 

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司馬家の基盤を確立させた司馬昭死す

司馬炎に気に入られる孫秀

 

司馬昭は晋王の位に就任してから一年後病にかかって亡くなってしまいます。彼が亡くなるとその日に息子である司馬炎(しばえん)が彼の官職全てを引き継ぎ、翌年魏王朝は司馬炎に皇帝の位を渡すことになり、晋王朝が開かれることになります。司馬家三代によって権力を確立したかれらの行いは、司馬炎によって報われることになります。

 

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呉における司馬昭の評価

呉における司馬昭の評価

 

蜀討伐が行われた時、呉の群臣達は蜀討伐の行方はどうなるか協議を行います。この席である群臣は「司馬家に中原の人々が臣従していないのに、蜀へ攻撃を開始した。これは大いなる過ちで、必ず失敗するであろう」と予想を立てます。後に呉の最後の丞相となる張悌(ちょうてい)はこの意見に反対し「司馬懿や司馬師、司馬昭の親子は魏の政権を握ると功績を立てて、政治における煩わしさを取り除くとともに民への過酷な取りたてをやめている。その結果司馬家に民衆が慕っているのは間違えないことだ。その証拠に諸葛誕(しょかつたん)・毌丘倹(かんきゅうけん)・王凌(おうりょう)の三人が反乱を起こし皇帝曹髦(そうぼう)を殺害しても魏の国は微塵も動揺することがなかった。このような事ができたのは威勢があり、能力ある者を積極的に取り入れて敵を討伐してきていなければできないものだ。これら司馬家の功績を鑑みれば、疲弊している蜀を討伐して勝利を得るのは容易いであろう。もし万に一つ負けたとしても大きなダメージを負うことはあるまい」と予想を立てます。他の群臣は彼の言葉を聞き流しておりましたが、結果は張悌の予想通りの結末を迎えることになります。呉の国でも司馬昭は高評価をくだされて(司馬家三代の評価が高い)おりました。

 

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三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

司馬懿が魏王朝の中で大きな権力を握り、司馬師と司馬昭の兄弟が魏王朝で握った大きな権力の基盤を確立。そして司馬昭の息子司馬炎が皇帝の位に就任したことによって、司馬家三代の長年の夢が実現することになります。司馬昭は自分の後継者を司馬炎にしましたが、司馬師の養子となっていた司馬攸(しばゆう)に晋王の位を譲ろうとしていたそうです。もし彼が晋王の位を譲り受けていたらどうなっていたのでしょうか。晋王朝は長く存命することができたのでしょうか。

 

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