曹叡の後継者はアカの他人かも知れない曹芳!粛清しすぎで後継者が消えちゃった

2023年1月5日


 

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項羽と劉邦

 

 

漢王朝(かんおうちょう)は前漢、後漢と二つの時代があります。この前漢と後漢を合わせると400年ほどになり、かなり長い王朝だったと言えるでしょう。

 

皇帝に就任した曹丕

 

その王朝に代わったのが、()王朝です。魏王朝は献帝(けんてい)に禅譲を受けた曹丕(そうひ)から始まり、その子曹叡(そうえい)、そしてその養子である曹芳(そうほう)と続いていくのですが……この後継者選定、曹丕の代から既にグダ付いている……?

 

今回はこの辺り、ちょっと追っていってみたいと思います。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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曹叡は後継者ではなかった……?

曹植を暗殺しようとした曹丕を止める卞皇后

 

まずは曹丕の長子、曹叡。彼は曹丕と甄皇后(しんこうごう)の子でしたが、甄皇后は曹丕によって誅殺されました。

 

魏志(魏書)_書類

 

これについては色々と言われていますが、魏略(ぎりゃく)によればそもそも曹丕は曹叡を可愛がっておらず、別の子を後継者にしたいと思っていたと言います。このため、曹叡は長子ではあったものの、皇太子とはされていなかった……とされています。

 

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曹叡やっと皇太子に

戦が下手くそな曹丕

 

226年、5月の16日。曹丕が倒れて危篤となりました。このために皇太子となったのが曹叡です。つまりこの時点まで皇太子がいなかったこととなります。曹丕が亡くなったのが翌日の17日となっているので、もしかしたらかなり容体はよろしくなかったのかもしれません。

 

曹丕

 

ここで曹丕は曹真(そうしん)司馬懿(しばい)陳羣(ちんぐん)曹休(そうきゅう)というそうそうたる面子を集めて曹叡を託して崩御します。曹丕、40歳でした。

 

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曹丕の後継者選びが遅れた理由

司馬懿と曹丕

 

これらを統括すると、曹丕はギリギリまで太子を立てず、後継者を決めかねていた、と見ることができます。ただ曹丕の父親である曹操(そうそう)も217年に曹丕を太子に正式に指名し、220年に亡くなっていることを考えると、後継者選びは大体熟考して行われるものであり、そこまで珍しいものでもなかったのでは、と思われます。

 

曹操と曹丕

 

年齢を考えると曹操も60過ぎて正式に曹丕を任命していますし、もしかしたら曹丕も自分はこんなに早く亡くなるとは思っていなかったのかもしれません。ただ、曹丕のこの短命が魏の命運も縮めた可能性は否定できないでしょう。

 

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皇帝になり数年は奮闘する曹叡

北伐でやりあう曹叡vs孔明

 

そして皇帝となった曹叡ですが、かなり精力的に行動します。後継を託された曹真、司馬懿、曹休、陳羣らを重用し、諸葛亮(しょかつりょう)の北伐を幾度となく防ぎました。

 

城を守り抜く満寵

 

また()の侵攻には対しては合肥(がっぴ)満寵(まんちょう)を派遣(孫権(そんけん)の悪夢再び)、(しょく)相手には司馬懿を派遣して防衛に当たらせるなど、人事に関しても中々の的確さを見せています。

 

司馬懿と公孫淵

 

特に司馬懿に関して信認は深く、公孫淵(こうそんえん)の反乱にも司馬懿を派遣しています。しかし、曹叡の勢いはここで止まってしまうのでした。もうちょっと言うと、曹真も231年には亡くなってしまっています……早すぎた……。

 

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満寵

 

 

在位13年で崩御した短命な曹叡

曹操・曹丕・曹叡の3代に仕えた朱霊

 

238年、曹叡は病に倒れます。曹叡自身は翌年の239年に崩御するのですが、危篤に陥った曹叡は養子である曹芳を後継者として最終的に司馬懿、曹爽(そうそう)らを後見人に改めて立てました。

 

曹芳

 

この時、曹芳は8歳。そして曹叡は36歳でした。曹叡自身にも息子が3人ほどいましたが彼らはみな早世、なんと3人ほどいた娘も2人ほど早くに亡くなっています。このため養子として曹芳を引き取っていたと思うのですが……何とも奇妙なのが、この養子である曹芳、出自が不明なのです。

 

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後継者が政変や早死にで死に絶える

曹芳

 

なんと魏の皇帝、3代目にして出自があやふや。曹丕の異母兄弟の曹宇(そうう)達は免職となって、中央から遠ざけられる。夏侯(かこう)家では蜀にいったり早逝したり、夏侯楙(かこうぼう)……知らない人ですね状態。頼りの曹真大将軍の後継者は曹爽だ!

 

そう、事ここに至って、曹家の親類縁者が全滅……とまでは行かないにしろ、中央に碌な人材が残されていなかったのです!これは司馬(しば)一族台頭してきちゃいますわ……。

 

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早死にと粛清のwパンチで曹魏ダウン!

ポイント解説をするセン様

 

これは筆者の個人的な見解ですが、そもそも曹叡も36歳とかで亡くなるとは思ってはいなかったのではないかと思います。曹芳を引き取って育てていたのだとしても、もしかしたら実子が生まれるまでの中継ぎ、とも考えられます。

 

しかし自身が早逝、というかそもそも親戚も早逝が多く、目ぼしい人材が残っていなかったのではないでしょうか。この辺りは魏王朝の親類を重用しない政策が裏目に出ている気がしますね。このため曹芳というあやふやな後継者が生まれ、王朝としての命運が一層縮まったのではないかと考えました。

 

……まあ「じゃあ一族を優遇しちゃうぞ!」でも命運が縮まっちゃった王朝もあるのですが、それは別のお話で。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

「そもそも曹丕が曹叡を後継者に考えてなかった」という考えをすると、もしかしたら「そもそも曹叡も曹芳を後継者とか考えてなかった」という考えもアリなのでは?と思いました。

 

魏の皇帝になる曹丕

 

 

どうにも曹丕も曹叡も早逝過ぎて、後継者問題のグダ付きが見られます。何代も続けばそういう後継者問題も起きると思いますが、魏の不運なことはこれが初代と二代目で起こったことではないでしょうか。皆さんもどうか王朝を開く時には、まずは自身の健康を第一にお考え下さいね。

 

センさんが三国志沼にドボン a

 

どぽーん。

 

参考文献:魏書明帝紀 魏略

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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