皆さんは古代中国で有名な軍略家と言えばだれを思い浮かべますか。
太公望(たいこうぼう)呂尚や孫子の兵法書を記した孫武(そんぶ)や孫臏(そんぴん)などでしょうか。
それとも今一番人気のある古代中国を題材にしたキングダムに出てくる
それとも三国志に出てくる孔明(こうめい)や曹操(そうそう)などでしょうか。
確かにこれらの人物は当代一流の軍略家と言っても過言ではないでしょう。
しかし古代中国にはまだまだ天才軍略家がいます。
今回紹介するのは自らの軍略を武器にして各国を渡り歩いた天才軍略家
呉起(ごき)を紹介していきたいと思います。
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この記事の目次
渡り鳥呉起1:魯の国で中々認めてもらえない
呉起は孔子(こうし)の高弟である會氏に弟子入りし、孔子の学問で重要な信義や仁愛を学びます。
その後會氏の紹介により、魯の国に仕える事になります。
しかし儒家思想はこの当時まだ浸透しておらず、呉起の信義や仁愛の思想は
魯の王をはじめ群臣達に受け入れてもらえず、不遇をかこっていました。
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自らの能力を認めてもらうため、妻を殺し、将軍へ
呉起の妻は斉国出身の女性です。
ある日大国である斉が魯に攻め込んできます。
呉起は自らの能力を周りに認めさせるため、妻を殺害。
斉と自らの関係性が無い事を魯の群臣と王にアピールします。
彼はこの結果魯の将軍に任命され、出撃を命じられます。
呉起は喜んで軍勢を率いて出陣し、得意の兵法を披露し、斉軍を
撃破し、呉起はどや顔で凱旋します。
しかし魯の群臣は王に「軍略の才能は確かにあるが、自らの妻を殺して功名を
挙げる危険な人物だ」と進言します。
魯の王はこの言葉を受け、斉軍を破った呉起に少しの褒美を与え、
重要な役職には就けませんでした。
彼は恩賞の少なさと重役に付けなかった事に不満を感じ、魯を出て
新たな君主を探します。
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渡り鳥呉起2:魏に仕える
さて魯の国を出た呉起は新たに仕えるべき君主を探します。
彼が目を付けたのは魏の文侯です。
キングダムの時代の魏は秦に連戦連敗している弱小国でありましたが、
この当時の魏は中原の覇者としての地位を手に入れ、秦なんか目じゃないほどの強国でした。
人材も豊富で名政治家李克や燕の昭王を助け、斉を滅亡寸前まで追い詰めた伝説の
名将楽毅(がくき)の先祖である将軍楽羊(がくよう)などがおりました。
また魏の文侯は人材を積極的に取り入れていました。
呉起はこの話を聞き「この国なら俺も出世できると」と考え、魏の国へ入国します。
魏の文侯は呉起に会い兵法や軍事に対する様々な質問をします。
呉起ははっきりと文侯の質問にしっかりと明確な答えを出します。
文侯は素行に問題があるが、彼の兵法や軍略に対する考えの深さに満足し
彼を将軍に任命します。
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文侯の期待に応え、得意の軍略を披露
呉起は将軍に任命されると、軍を強化するため、武器を新しくし、兵士を鍛えます。
呉起は精兵に育った魏軍を率いて魏の近隣にある秦の領地へ出陣します。
彼は得意の兵法と策を使い、鮮やかに秦の城を五つも陥落させます。
文侯はこの報告を聞きき、大いに満足し、彼にたっぷりと褒美を渡します。
しかし名君文侯が突如亡くなってしまいます。
文侯の死後、息子である武侯が跡を継ぎます。
武侯は宰相を公叔(こうしゅく)を宰相に任命します。
公叔は素行のわるい呉起が嫌いで、武侯に呉起の悪口を言いまくります。
武侯は呉起をよく知らないため、公叔の悪口を真に受け、次第に呉起を
遠ざけていきます。
呉起は武侯に遠ざけられた事を感じ、官職を捨てて魏を出国。
新らたな君主探しを始めます。
渡り鳥呉起3:楚に仕える
呉起は魏を出た後新たな君主探しに南の超大国楚へ向かいます。
楚の悼王は天才的な軍略を持つ呉起を家臣に欲しいと思っていました。
そんな時呉起が楚に居る事を聞きます。
彼はすぐさま呉起を呼び、丞相に任命します。
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丞相として行政官の才能を発揮
呉起は丞相に任命されると、楚の不要な官職の撤廃や特権を持っていた貴族を追放します。
こうして財源を確保した呉起は、軍事力を強化に努め、近隣諸国に軍勢を派遣。
楚軍は各地で連戦連勝し、楚の領土を大幅に拡大します。
こうして楚は中華第一等の国として成長します。
しかし楚を大国にのし上げた最大の功労者である呉起の政治に
不満を持つ貴族を多く作ってしまったのも事実です。
その不満がついに爆発し、呉起を襲うのです。
天才軍略者呉起:最後の策
呉起を宰相に任命した悼王が亡くなります。
呉起の政治に不満を持っていた楚の貴族達は悼王が亡くなると
一斉に反乱を起こし、呉起を攻撃します。
兵を持たない呉起は宮殿に逃げ込み、悼王の棺の前に覆いかぶさります。
これが天才兵法家呉起の最後の策でした。
呉起を追撃してきた貴族の兵は、弓矢を雨のように打ち、彼を射殺します。
その後呉起の一族は全て殺されてしまいます。
そして呉起の死後彼が残した秘策が発動します。
悼王の跡を継いだ粛王は、王に弓を引いた貴族たちを一斉に処断。
呉起は死後、自らを殺害した貴族達をすべて道連れにする恐ろしい策を発動させ、
亡くなったのです。
三国志ライター黒田廉の独り言
呉起は魯・魏・楚と三度も国を変えて仕えますが、重職に就くことが出来ました
(魯では一将軍でしたが)
それは彼の軍略が天才的に優れていた事を示している証左だと思います。
優れていなかったら要職に就く事なんてできません。
しかし、呉起や楽毅、孟嘗君田文など時代を動かすほど優れた人物は悪臣と言われる
人物に悪口を言われ、バットエンドを迎える事が非常に多いですね。
これは何ですかね。そういう星の巡り合わせなのでしょうか。
今回のお話はこれでおしまいにゃ。次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。
それじゃまたにゃ~
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