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魏を裏切った王平と夏候覇は何で蜀で出世できたの?【三国志に学ぶ人生設計】

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孔明

 

現代人の人生設計を考えると、一度新卒で腰を下ろした会社に定年までいるという方が大半でしょう。

その方が安定していますし、待遇も期待できます。

しかし、不況のあおりを受けてのリストラ、又は会社に先が無いと思った時等、そう言った時は例外です。

人生設計をもう一度考えなければなりません。




三国志に学ぶ人生設計

韓信 項羽

 

希望を持ってやりたいことを見つけて仕事を辞めるよりもこうした「負の理由」でやめるのは心苦しいですよね。

このような場合の選択は、人生の分かれ目となる選択であり、それでいてどれをとっても満足や安心は無いという選択です。

そういう場面で、正しく先を見据えて考えられる人は優れている人でしょう。

例えば会社を辞めたとして、その後どうするか、自身の何を生かして転職するか、「若さ」か「資格」か「スキル、知識」か。

どうするのが最善か先を見据えて考えねばなりません。

何も考えなければ無残な結果が待っています。

リストラされたあるいは会社を辞めたので、とりあえずその場凌ぎフリーターしてだらだらしていたら、

時間だけが過ぎてしまい、いつの間にか正社員の道が閉ざされていたというパターンは現代でも珍しくないのではないでしょうか。

「若さ」も「資格」も「スキル」も無くなれば、後は詰むだけです。

三国志の時代でももちろんそういう分岐点に直面した人々はいました。

ある者は敵国からの攻撃を受けて、ある者は味方から糾弾されて、自身の道を決めました。

三国志の時代では、安易に死罪に処す人もいるので、一度のミスで命を失うことも全く珍しくありません。

現代以上に、先を見据えて動かなければいけなかったのです。

今回はそうした人生の分かれ目に直面した武将達の決断とその後について紹介致します。




知識を生かせ!王平のケース

photo credit: Yogic via photopin (license)

photo credit: Yogic via photopin (license)

 

王平(おうへい)は、元々魏の校尉でした。

漢中攻防戦において、曹操(そうそう)軍の先陣の徐晃(じょこう)とともに、副将として王平(おうへい)も進軍しました。

王平(おうへい)は漢中の地理に詳しかったため、郷導使いわゆる道案内として同行しました。

蜀軍と川を挟んで向かい合った徐晃(じょこう)は、川を渡って背水の陣を敷こうとします。

しかし、王平(おうへい)は「背水の陣は、敵に謀略が無いと分かっている時にするもの、敵に謀略が無いと言い切れません。」

と反対します。

 

しかし、徐晃(じょこう)はこれを聞き入れず、川に橋を通して渡り、そこで陣をとり、

蜀軍を迎え打とうとしました。一方で、王平(おうへい)は自身の手勢のみで、川を渡らず陣を配備しました。

結果的に、徐晃(じょこう)は敗戦を喫しますが、敗走してきた徐晃(じょこう)は王平(おうへい)に、

なぜ救援に来なかったのかと問い、王平(おうへい)を糾弾します。

王平(おうへい)「救援に行っていては、今頃この陣がとられていました。今回の敗戦は私の責任ではありません。」

これに怒った徐晃(じょこう)は、王平(おうへい)を殺そうとしますが、部下達にそれどころではないと止められます。

その場は首が繋がった王平(おうへい)ですが、決断を迫られます。

「このままでは、私の進退も危うい。敗戦の責任を押し付けられれば、打ち首は免れぬ。どこかに逃げなくては・・・。

幸い、今この漢中の戦いに限って言えば、蜀も郷導使としての私を必要としているはずだ。」

 

関連記事:王平(おうへい)ってどんな人?馬稷の山登りを止めようとした蜀の武将

関連記事:【ポスト五虎大将軍】蜀の四龍将が生きていれば蜀は魏を倒せた?

関連記事:徐晃(じょこう)ってどんな人?魏において、もっとも功績を挙げた無敗将軍

 

蜀の天才軍師・孔明の精神攻撃

諸葛孔明

 

こうして、王平(おうへい)は陣に火をつけると、自身の手勢とともに蜀軍に降るのでした。

この後、彼が教えた地理的情報を元に、蜀の軍師孔明(こうめい)は敵に見つからない位置で陣をとり、

夜通し太鼓をドンドン鳴らして夜襲を繰り出すふりをして、曹操(そうそう)軍を怯えさせ不眠症にさせたと言われています。

 

 

孔明から信頼を得る王平

基礎知識 馬謖03

 

その後、王平(おうへい)は蜀の将として働き、多くの功績を挙げます。

王平(おうへい)は、孔明(こうめい)に、何事にも慎重で用心深い、と評されます。

街亭の戦いでは、馬謖(ばしょく)が山頂に陣取るのを諫め、

またそれを聞かずに馬謖(ばしょく)が敗北した時にも太鼓をドンドン鳴らして、

指揮を高く保ちかつ伏兵がいるかのように見せる等の策で魏の張郃(ちょうこう)を追い払った話も有名です。

彼の蜀の将としての慎重かつ堅実な働きは有名ですが、これらも彼の決断無しにはあり得ませんでした。

 

関連記事:【悲報】泣いて馬謖を斬る!は嘘だった?馬稷の死は敗戦の責任のみでは無かった!?

関連記事:【蜀漢建国の正統性を斬る】中華を戦慄させた革命家・孔明の後漢イデオロギー

関連記事:三国時代の故事成語『白眉』と『泣いて馬謖を斬る』

関連記事:正史の張郃(ちょうこう)ってどんな人?劉備や孔明も恐れた魏の猛将

 

一緒に転職!范彊と張達のケース

桃園の誓012

 

関羽(かんう)の死後、呉に対して弔い合戦を決意した劉備(りゅうび)張飛(ちょうひ)

張飛(ちょうひ)は義兄の関羽(かんう)の仇が討てると、

部下である范彊(はんきょう)と張達(ちょうたつ)に準備を命じました。

 

張飛(ちょうひ)「この戦いは義兄の弔い合戦じゃ、3日の間に白装束を3万人分用意するのじゃ!分かったなぁ!!!」

范彊(はんきょう)と張達(ちょうたつ)「さすがに3日で白装束を3万もそろえるのは無理です、絶対に間に合いません。」

それを聞いた張飛は激怒します。

張飛(ちょうひ)「貴様らサボる気か!この怠け者が!義兄の弔い合戦を何だと思ってやがるんじゃ!!!」

張飛(ちょうひ)は二人を棒で散々殴り散らした後、必ず3日までに間に合わせる様に命じ、

間に合わねば死罪にすると告げ、その場を去りました。

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