袁術祭り

はじめての三国志

menu

はじめての晋

諸葛亮孔明と戦略勝負を繰り広げた司馬懿仲達はどんな人だったの?

この記事の所要時間: 313

司馬懿対孔明

 

魏の武将にして西晋の高祖宣帝(名誉皇帝)こと、

司馬懿(しばい)字は仲達(ちゅうたつ)。

三国志では、蜀の諸葛亮孔明と戦略勝負を繰り広げたとんでもない人物です。

 

あまりにも優秀すぎる司馬懿は君主・曹操から嫌われていた?

司馬懿

 

司馬懿(しばい)は、昔から中国にいる司馬一族と呼ばれる名門の生まれで、その才能たるや

三国志時代の司馬一族で群を抜いていました。あまりにも優秀すぎて、君主である曹操にすら嫌われていたそうです。

しかし、司馬懿も抜け目のない人物なので、曹操(そうそう)の子供の曹丕(そうひ)と仲良くしたのです。

 

曹丕 残忍

 

曹操が死んでからは、曹丕のおかげで要職に就いて、歴代の皇帝を盛り立てていきました。

司馬懿が存命中は魏の武将として仕えていましたが、実権を握っていたので曹一族よりも力を持っていました。

 

西晋は、司馬懿の子孫によって興されたので、その段階で高祖宣帝になったのです。

司馬懿は、身体的な特徴もあり、首が180度回ったといいます。

曹操がその噂を聞きつけて、司馬懿を呼び止めたときに、身体が前を向いたまま首だけ後ろを向いたといわれています。

 

関連記事:曹丕が建国した魏ってどんな王朝でどうやって滅びたの?

関連記事:実は冷血を演じたツンデレ曹丕、その理由とは?

関連記事:曹丕(そうひ)得意の詩で蜀の調理法を斬る

 

諸葛亮との戦い

諸葛孔明

 

司馬懿といえば、ライバルである蜀の諸葛亮との戦いです。

当時の三国志は、中国の北側を支配していた魏、東側の海岸線を支配した呉、

西側の山間部を支配した蜀の三国に別れていた時代です。

 

魏は曹丕の時代に前政権(漢)の皇帝から禅譲していたので、曹一族(そういちぞく)が皇帝になっていました。

漢の皇帝の末裔である劉一族(りゅういちぞく)がいる蜀は、納得いきません。

ということで、蜀は魏に対して政権奪還の攻撃を仕掛けるのです。

これが、北伐(ほくばつ)です。

この北伐、なんと5回に渡って繰り広げられるのです。

 

司馬懿は、諸葛亮の計略に何度もピンチに陥ります。

しかし、諸葛亮以外を計略にかけてピンチを脱出します。

そんなこんなで、最後の北伐。

五丈原にて諸葛亮が過労死したことで二人の戦いは終わります。

 

余談ですが、諸葛亮は自身が死んだあとの撤退まで計略を立てていて、

追撃してくる司馬懿を追い返してしまいます。

この時の様子が、「死せる孔明生ける仲達を走らす」という言葉の語源になります。

司馬懿もこれには、「生者を相手にすることはできるが、死人を相手にするのは苦手だ」とコメントしたそうです。

 

関連記事:古代中国のコペルニクスは孔明だった?彼はなぜ天文学を学んだの?

関連記事:孔明や荀彧が務めていた尚書(しょうしょ)ってどんな役職?女尚書も存在した?

関連記事:実は孔明は墨者(ぼくしゃ)だった!?意外すぎる6つの理由

 

公孫淵の裏切り

司馬懿 仲達

 

公孫淵は、中国の東側、朝鮮半島の北部にある遼東を支配していました。

公孫淵は何を思ったのか、突如魏を裏切り攻め込んできます。

もちろん、このピンチを救ったのも司馬懿です。

 

結果としては、あっという間に制圧し遼東も無事に平定しました。

このおかげで、日本海と魏が繋がったので、日本との交流が生まれたのです。

それが、「魏志倭人伝」です。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

権力争いからのクーデター

司馬懿

 

曹叡が死んだ後、魏の中で当時の皇帝曹芳(そうほう)を補佐していた司馬懿を排除する動きが出てきます。

黒幕は、司馬懿と同じく皇帝を補佐していた曹爽です。

 

曹爽は、権力独占を狙っていたので、司馬懿が邪魔だったのです。

司馬懿は、曹爽の計略に掛かり、軍事のみの担当にさせられます。

もちろん司馬懿も黙ってはいません。

 

まずは仮病を使って、曹爽を油断させて様子を伺います。

司馬懿を排除できた、と思っている曹爽は勢いづいてクーデターを計画します。

司馬懿は、それを察知して曹爽を一族もろとも処刑してしまいます。

 

これにより、司馬懿の政敵はいなくなり魏の実権を握ったのです。

しかし、司馬懿も年には敵わず病死してしまうのです。

 

司馬懿が死亡した後

孔明 司馬懿 役職

 

司馬懿が病死した後、司馬一族による時代が訪れます。

それが、西晋とよばれる時代です。

 

関連記事:超分かりやすい!三国志 おおざっぱ年表

 

三国志ライター黒太子の独り言

孔明 司馬懿 陸遜

 

司馬懿といえば、三国志では曹操に並ぶ悪役扱いです。

これは、中国なりの滅び美学に則っていて、戦乱の覇権を握った勢力が悪として描かれているためです。

しかし、司馬懿は三国志を終わらせた人物の一人で、時代を作った偉大なる人物です。

 

改めて、司馬懿の生い立ちを見てみると、魏のために粉骨砕身していた様子も見受けられます。

諸葛亮との戦いも互角以上の戦いを繰り広げていた様子から、

諸葛亮と同等の能力を持っていたことも伺えます。

 

そして、実権を握りながらにして皇帝にならなかった様子を見ると、

気遣いのできる苦労人な気がします。

それこそが、司馬懿なのかもしれません。

 

 

こちらの記事もよく読まれています

司馬懿

 

よく読まれている記事:司馬懿が三国志演義に初登場するのはどのタイミングなの?

 

司馬懿 仲達

 

よく読まれてる記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

司馬懿 はじめての三国志

 

よく読まれてる記事:三国志の英雄たちの詩を調べたら司馬懿ヒドすぎワロタwww

この記事を書いた人:黒太子

黒太子

HN:

黒太子

自己紹介:

こんにちは、黒太子です。歴史については、日本から世界まで幅広く興味を持っています。

HNの黒太子は、ジャンヌダルクが活躍した百年戦争のエドワード黒太子からです。三国志は、歴史に興味を持つキッカケになった作品です。

噛めば噛むほど味が出るところ、知れば知るほど新しいことに出会うところに、特に魅力を感じています。

関連記事

  1. 【晋の皇帝 司馬炎の悩み】司馬家の後継者問題
  2. 胡烈(これつ)とはどんな人?姜維と鍾会の夢を打ち砕いた晋の将軍【…
  3. 魏が好きな皆さんへ!五分でわかる曹魏の逸話を紹介【三国志逸話列伝…
  4. もう一人の夏候、夏候淵(かこうえん)はどうして地味なの?
  5. 【郭嘉伝】ファン大ショック!郭嘉の功積はだいぶ盛られていた?
  6. 董卓は実は名将軍であるという根拠
  7. 曹操軍の参謀、荀彧(じゅんいく)ってどんな人?官渡の戦いでの大勝…
  8. 譙周(しょうしゅう)とはどんな人?劉禅に降伏するのが得策であると…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 根拠のない夢を信じないリアリスト曹操
  2. 呉範(ごはん)とはどんな人?当たる占いをご所望なら私にお任せください!風占いの達人
  3. 三国志の猛将に絡まれちゃった!!貴方ならどうする?身を守る究極の方法を伝授します!
  4. 王騎の矛はどういう武器なの?矛と槍との違いも徹底解説!
  5. 孟獲(もうかく)はインテリ男子?南蛮征伐は孔明と孟獲のヤラセだった件
  6. 前漢の景帝の尊厳を保たせるために行った領地削減政策は裏目になった理由

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

秦の始皇帝はどんな顔をしていたの?政はユダヤ人だった? 図解でよくわかる夷陵の戦いと趙雲の重要性 こんなの絶対に入りたくない!三国志の時代の牢獄は酷すぎた…当時の刑罰も合わせて紹介 魏の三代目皇帝・曹芳(そうほう)就任により魏は滅びの道を歩んだ? 【意外な事実】劉備は孔明よりも法正を用いてた 三国史を英訳すると素敵すぎる!インターナショナル中国文学! 成廉(せいれん)と魏越(ぎえつ)とはどんな人?呂布が強いのは俺達がいてこそ! 今川家のポンコツではなかった今川義元の前半生に迫る!

おすすめ記事

  1. 西施(せいし)とはどんな人?中国四大美女の一人であり復讐の道具として生きることになった美女
  2. 意外と義兄弟と離れ離れの時期が長かった関雲長のぼっち履歴をご紹介
  3. 曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part3
  4. 驚愕!実は名築城家でもあった魏延の意外な才能!
  5. はじめての三国志 X 大戦乱!!三国志バトル
  6. 【キングダム】羌瘣は戦死するの?それとも結婚?どんな最期を遂げるの?
  7. 架空戦記の走り? 『反三国志演義』を知っていますか?
  8. 日本で一番すごい武将?敵中を突破して帰国した猛将・島津義弘の武勇伝

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP