反董卓連合軍に参加したのは、誰と誰なの?【素朴な質問】

2016年6月12日


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反董卓連合軍エントリーNO11 王匡公節(おうきょ・こうせつ)

 

 

 

兗州、泰山郡の人で、財貨を軽んじ施しを好む任侠の人だった。

史実では反董卓連合軍、河内太守として参加し、勇敢にも董卓に戦いを挑むが

董卓軍の巧みな用兵で軍が壊滅して逃走している。

三国志演義では、虎牢関の戦いで先鋒の栄誉を受けるが、

部下の方悦(ほうえつ)を呂布に一瞬で打ち取られて、

慌てて逃げ出し面目を潰した。

 

反董卓連合軍エントリーNO12 袁術公路(えんじゅつ・こうろ)

先読み袁術

 

反董卓連合軍では、異母兄弟の袁紹と同様に汝南袁氏の出身のエリート。

この当時は、郡ながら百万の人口を持つ南陽の太守であり、

兵力も袁紹と二分する位に多い、しかし、意気地がなく、小心で嫉妬深く

手柄を立てる孫堅に嫉妬して兵糧供給を止めるなど足を引っ張る役が多い。

後に、皇帝擁立問題から、袁紹と骨肉の抗争を繰り広げる。

孫堅の子、孫策から巻きあげた玉璽で皇帝を名乗るなど、三国志演義では

とことん馬鹿として描かれ、かえって潔い。

 

反董卓連合軍エントリーNO13 劉表景升(りゅうひょう・けいしょう)

 

 

前漢、景帝の第4子である魯恭(ろきょう)

劉余(りゅうよ)の子孫という皇族の末裔。

後漢末の騒乱で無政府状態の荊州に刺史として赴任して地元豪族の支持を

受けて、反乱を平定して、事実上の支配者になる。

三国志演義では、反董卓連合軍の一員として参加し、袁紹の配下のように

振る舞い、玉璽をネコババしようとしている孫堅の帰途を襲い、

玉璽を奪還するように袁紹の指示を受けて実行するが殺害に失敗。

これを恨んだ孫堅は袁術の配下として荊州に攻め込んで、戦死する事になる。

 

反董卓連合軍エントリーNO14 橋瑁元偉(きょうぼう・げんい)

 

 

豫州梁国睢陽県(よしゅう・りょうこく・すいようけん)出身の人物で、

反董卓連合軍に参加した時は東郡太守。

史実では、彼が、三公の文書を偽造して、反董卓連合軍の檄文を各地の

諸侯に飛ばしたという事になっている。

 

ただ、戦争には積極的ではなく、ただ宴会だけに現を抜かし、

曹操に叱責されても態度を改めなかった。

三国志演義では、食糧を巡り劉岱と対立し、それが原因で殺される。

 

反董卓連合軍エントリーNO15 韓馥文節(かんぷく・ぶんせつ)

 

 

史実では、後漢の宮廷に仕えていたものが、

出奔した袁紹を監視する為に董卓により、冀州牧に任命され、

その役割を忠実に果たした。

しかし、反董卓連合軍結成を呼び掛ける三公(偽物)の檄文で

迷った挙句、袁紹サイドに付く決意をしたという優柔不断な人物。

三国志演義では、冀州刺史として、董卓軍の猛将の華雄に

自軍の潘鳳(はんほう)を当たらせて、あっさり斬られてしまう。

後に袁紹に冀州を譲るように脅迫されてそれに屈し、

さらに暗殺を恐れて張邈の所に逃亡した。

 

反董卓連合軍エントリーNO16 張邈孟卓(ちょうばく・もうたく)

 

 

兗州東平郡寿張県の出身で、反董卓連合軍に参加した頃は東郡太守の地位。

曹操の無二の親友で、若い頃から男伊達で知られ、よく財産を施したので

とても人気が高い人物だった。

 

反董卓連合軍の大半は、ただ参加しただけで、まともに戦をしなかったが、

張邈は曹操の叱責に応えて軍を出すが董卓軍の徐栄(じょえい)に敗北している。

その後は、曹操の態度に不安を感じ、陳宮(ちんきゅう)の誘いで

曹操の本拠地、兗州を呂布と共に奪うが、曹操に敗れ、

最後は部下に裏切られ殺される。

 

反董卓連合軍エントリーNO17 張超孟高(ちょうちょう・もうこう)

 

 

反董卓連合軍に参加した頃は、広陵太守、兄は張邈である。

兄の張邈に従い、董卓相手にも果敢に戦うが敗戦する。

 

反董卓連合軍の解散後は、次第に強大になる曹操を恐れて、

兄と共に呂布を迎え入れて兗州を支配するが、曹操の逆襲に逢い

立て篭もっていた雍丘(ようきゅう)は陥落、張超は焼身自殺し、

張邈と張超の三族は全て、曹操に殺戮された。

 

三国志ライターkawausoの補足

kawauso 三国志

 

以上の17名が、三国志演義における、反董卓連合軍のメンバーです。

正史の三国志では、面子は少し変化して、出なくなる人、

新しく加わる人は出ますが、基本は同じ位の数と言えるでしょう。

 

 

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この記事を書いた人:kawauso

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