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執筆者:kawauso

朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第7部

この記事の所要時間: 72




 

ナレーション:孫呉の赤は赤っ恥の赤なのか?

孫権(そんけん)自演のメールを魏・蜀の軍師に暴露された周瑜(しゅうゆ)は、

孫呉の復権の為に、諸葛亮(しょかつりょう)の天下三分計を超える

天下二分の計構想を持っていたと頼みもしないのに、自慢話を開始っ!!

 

 

ところが、これに噛みついたのが、晋の地味に嫌な男、司馬懿(しばい)

天下二分は、甘寧(かんねい)の構想を周瑜がパクッた代物だと主張!

さらに、ここで周瑜の軍師としての名声を潰すと宣言したぞ!!

どうなる、どうする?周瑜、もしや、撃破され脱落してしまうのか?

 

関連記事:朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第1部

前回記事:朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第6部




司馬懿、最強軍師は俺だ!宣言

 

司馬懿「この中には、遊び半分で参加しているヤツもいるようだが、

俺達、軍師の仕事は、策謀を練り敵にトドメを刺す事だ。

それさえ出来れば、地味だろうが嫌な奴だろうが関係ない!

 

言っておくが、最強軍師の称号を手に入れるのは、

この司馬仲達だ!残りの六名は名声を抹殺し、たたき落とす!

手始めに、周瑜の名声から地に墜としてやろう」

 

袁術以外の6名を睨みつける司馬懿

 

 

周瑜「ふっ!笑止、やれるものならやってみよ!」

 

 

ナレーション:何故か鎧がボロボロになって傷だらけの周瑜!

しかし、ズタボロ感がこんなに似合う武将も珍しいぞ、、

 

さすが、曹仁(そうじん)の毒矢を脇腹に受けた事を釣りに

計略を張り巡らし、襄陽を落としただけはあるッ!

まさに元祖、痛武将、主君の孫権は違う意味でイタいけどww

 

 

司馬懿「三国志正史においては、孫呉の中心には、

常に周瑜がいるような記述がなされているが、それは事実ではない・・・

実際は、孫策(そんさく)が死んだ西暦200年から赤壁の戦いが始まるまで

周瑜は、孫呉では終わった、『あの人は今』という状態だったのだ!!」

 

 

※会場、大きくどよめく




司馬懿 激白 孫策死後、周瑜は孫権体制に乗り遅れた!

 

Kawauso「周瑜は赤壁までは呉の中心にはいなかった?

これってどういう事」

 

 

司馬懿「周瑜と孫策が断金の交わりを結んでいた事はよく知られる、

それも最初から、そうだったかとなると、当初は孫家を世話した

周瑜の立場が上だったような気もせんではないが、

ともかく、孫策が江東を制覇してからは、両者は対等とも言うべき

立場で行動していた。

 

 

しかし、孫策が死去して、孫権が後継者となると困った事が起きた

周瑜は後任の孫権とはパイプがなく、新体制とは疎遠になったのだ」

 

 

袁術「なるほど、周瑜はあまりに孫策に近すぎて、

孫権の方には、パイプを持っていなかったという事か・・」

 

 

禰衡「三国志演義では、呉夫人が孫権を周瑜に兄事させて、

いかにも、周瑜、孫権が親密な関係のように見せていますが、

実際に孫策が遺言で孫権の後見を託したのは、張昭ですね」

 

 

Kawauso「元々は、孫策も周瑜も術さんの家来なんだよね?」

 

 

袁術「まっ、孫策はわしが育てたようなもんじゃからな!」

 

※鼻高々な袁術

 

 

法正「お猿みたいなタイプ、プロ野球好きの親父によくいるな

大谷翔平は俺が育てたみたいな自慢するヤツ・・」

 

 

周瑜「ふっ、司馬懿よ、言葉だけで印象操作するつもりか?

私と殿が疎遠だったなどと、どうやって証明する」

 

 

司馬懿「それは、呉志、呉主伝を見れば一目了然だ、、

ざっと見てみよう、西暦200年から208年までの間、

周瑜の記述が出てくるのは、たった二か所だけだ

 

1、西暦200年:張昭周瑜らは孫権が

共に大業を成すことが出来る人物だと思い、

そのため心を委ねて心服する事を誓った

 

2、西暦200年:張昭に師傅の礼を執り、

周瑜程普(ていふ)、呂範(りょはん)らに将率させた。

 

――――――――――――――――――

 

次が、西暦208年、赤壁の戦いの前に、

魯粛(ろしゅく)の要請で周瑜が呼ばれたという記述になる。

 

もっとも周瑜伝では、西暦206年、黄祖(こうそ)討伐に周瑜が参加して、

柴桑に侵入しようとした鄧龍(とうりゅう)の数千の軍勢を撃破し

鄧龍を生け捕り捕虜として呉に送ったとあるが恩賞を受けた様子もない。

 

戦いも、イレギュラーの侵入者、鄧龍を撃破しただけのサブ的な支援だ。

孫権の時代も変わらず、孫呉の中心に居たにしては、あまりに記述が少ない

6年間もの長い間、周瑜、お前は、一体、どこで何をしていたのだ?」

 

 

周瑜「ぐっ、、それは、私が殿に江夏防衛の任務を任されたからだ!

記録が無いのは、職務に専念して本国の内政には関与していないだけ

変な勘ぐりはやめてもらいたいものだな」

 

 

司馬懿「ほぉ、、黄祖討伐は孫呉の国是であり、何がなんでも、

達成しないといけない事、猫の手も借りたい位であろうに、

兄、孫策の盟友の周瑜を使わんとは、不自然ではないか?

本当は孫権に、恐れられていたか、嫌われていたかぁ・・」

 

※検事のように周瑜に近づいてくる司馬懿

 

 

周瑜「・・ノーコメント」

 

※ぶんむくれている周瑜

 

衝撃!孫権は曹操対策会議で周瑜を呼ばなかった?

 

司馬懿「まあいい、、決定的な話はここからだ・・

荊州の劉琮(りゅうそう)を降伏させた曹操(そうそう)が孫権に対し

降伏か開戦かを打診した時、呉の群臣は9割9分、孫権に降伏を勧めたが、

その会議に周瑜は出席していない、というより呼ばれてもいない!」

 

 

※スタジアムが再びどよめく

 

 

Kawauso「対曹操の作戦会議に周瑜が呼ばれていない?それホント」

 

 

司馬懿「呉志の魯粛伝には、時に周瑜は使命を受けて鄱陽(はんよう)に至っており、

魯粛は追って孫権に周瑜を召喚する事を勧めたとある。

おかしいではないか?黄祖討伐は、まぁ江夏防衛の為に参加しなかったとしよう

しかし、対曹操の対策会議は、孫呉の存亡の危機だ、、

その会議に、魯粛が孫権を促すまで呼ばれないとは、一体、どういう事か?

江夏の防衛は、孫呉の存亡よりも重大であるというのか?」

 

 

周瑜「うぐぐぐ・・・・」

 

 

司馬懿「つまり、、周瑜が孫権の重臣となったのは、

孫権に赤壁の戦いを決意させて、戦いを勝利に導いた時からでしかない。

それまでは、周瑜は、孫策との極めて近しい関係故に、孫権の陣営には、

ろくに人脈パイプがなく冷や飯を食っていた、オワタの人物だったのだ!!」

 

 

荀彧(じゅんいく)「そうか!それなら、程普と周瑜の仲が、

最初は上手くいかなかったというのも説明がつきます。

つまり、単純な年齢差が原因ではなく、先代の当主と近しい人間が、

現当主の陣営に割り込んできた事への嫌悪感なのでしょう」

 

 

郭嘉(かくか)「周瑜が程普に終始、低姿勢だったのも、、

つまり新参者で肩身が狭かったから・・ぷぷっ」

 

 

法正(ほうせい)「周瑜と程普が和解したという記述は

江表伝の出典で、正史には周瑜と程普は睦み合わなかったとしか

記録されていないな・・」

 

 

周瑜「ぐはっ!ぐははっ!!」

 

 

陸遜「公瑾センパイ!!」

 

※倒れかけた周瑜だが、片足でようやく踏みとどまる

 

 

周瑜「ふっ、司馬懿よ、仮に序盤は、そうだったとしても、

赤壁の戦いの後は、殿の信頼を勝ち得たという話だろう?

大きな違いはあるまい、私は孫呉の柱石を担ったのだ!」

 

※司馬懿は、ようやく立っている状態の周瑜を見て

冷酷な笑みを浮かべた

 

さらば周瑜、安らかに眠れ!!

 

司馬懿「確かに、赤壁の戦いで手柄を立てた後は、お前の言うとおりよ、

だが、孫権は、周瑜!貴様を本心から信頼していたわけではないぞ・・

呉志、呉主伝の赤烏二年(西暦239年)の記録に証拠がある

諸葛瑾(しょかつきん)と歩隲(ほしつ)が連名で奏上した文書だ、

少々、長いが全文を挙げるぞ・・

 

故、周瑜将軍の子の周胤は、陛下の引き立てにより候に封ぜられ将となりましたが、

領国の経営や功績を立てる事には関心が無く自分勝手に振舞って罪を得ました。

かつて周瑜は陛下の信頼厚く、腹心・右腕として仕え、出陣すれば投石も矢も恐れず、

常に命がけで命令を遂行し、そのため曹操の野望を烏林で挫き、曹仁を襄陽で敗走させ

孫呉の威勢を大きく天下に発揚し、中華を震撼させ、反乱絶え間ない荊蛮も帰順し、

その功績は、周の方叔や漢の功臣の韓信(かんしん)英布(えいふ)といえど

これ以上ではありません。

 

古来より帝王とは苦労をして手柄を挙げた功臣を尊重するもので、

漢の高祖も封爵の宣誓で 『黄河が帯の如く細くなり泰山が砥石のように薄くなろうと、

封国は永続し子々孫々まで伝えよう』とこれを文書にして、宗廟に納めて永遠に伝え、

功臣の子孫が末裔に至るまで恩恵を受けられるようにしました

 

ましてや周瑜が没して、さして歳月も経ないのに、子の周胤を降して

卑しい身分に留めているのは痛ましい事ではありませんか?

どうか陛下、古の風習を考えられ、封国を繁栄させて末長く続くようにし

周胤の罪を許し、十分に反省の弁名を聞いた上で兵を返還して爵位を戻し、

告旦を失った雞(きじ)が再び一鳴き出来るよう過去の汚名を返上できる

チャンスを与えて頂きたくお願い申し上げます“

 

これは、周瑜の次男、周胤(しゅういん)の罪を許して、周瑜の後を継いで、

封爵を戻す事を許してほしいという請願だ。

この周胤は、西暦229年に下雋・漢昌・劉陽・州陵の4県を領地として

相続しているが、その後、何らかの罪で流されたらしい。

 

しかし、殺されるような、大した罪ではなかっのだろう?

でなければ、わざわざ諸葛瑾と歩隲が罪を赦して下さいと

請願するわけもない。

 

ところが孫権は、周公瑾の功績は忘れた事はないが、

周胤は封爵して父のように立派になって欲しいという私の気持ちを汲まず、

犯罪に走ったから懲罰している、決して意地悪でやるのではない。

私だって苦しいのだと言いわけをし、今度は朱然(しゅぜん)と全琮(ぜんそう)が

請願をした時に、やっと許したが、その頃、周胤は病死して周瑜の直系は絶えた。

 

孫権は、他意は無いと言っているが、、俺には周瑜の子孫など

絶やしてしまえ!という孫権の悪意を感じるが?」

 

 

周瑜「そ、それは違う、、殿はお許しになるつもりだったのだ、、

ただ、我が子周胤が不幸にも、それよりも先に亡くなった

それだけの事なのだ・・」

 

※すでにグロッキー状態でふらふらの周瑜

 

 

司馬懿「そうかな?では、これはどう説明する・・

周瑜には名前が伝わらない兄がいて、その子の周峻(しゅうしゅん)も

周瑜の功績で偏将軍になり、1000名の兵を率いた。

 

ところが、周峻が死んだので、全琮が、今度は周峻の子の周護(しゅうご)を

将軍に任命するように孫権に請願したが、孫権が言うには・・

 

『昔、曹操を走らせ、荊州を開いたのは、皆、公瑾の手柄忘れた事はない

今回だって、私は、周峻の次には、周護を継がせようと思ったが、

聞けば、周護の性格は危険で用いれば禍を招きそうなので見送ったのだ

いかに周瑜の一族とて、その任にあらぬ者を登用できようか?』

 

百歩譲って、周胤は素行が悪く、犯罪を犯したという理由があるが、

周護に至っては、なんかヤバそうな性格だからで、試してさえいない

こうして、周瑜の功績で継がれるべき、二つの系統は絶えた・・

どうだ?周瑜、これも偶然だと思うかッ!!」

 

 

周瑜「ぐぐぐ・・ぐはああっ!!」

 

※周瑜、耐えきれず喀血して、地面に仰向けに倒れ込む、、

そして、何故か床に敷かれていた白いバラの花が飛び散った

 

※スタジアムの周瑜ファンから悲鳴

 

 

司馬懿「さらば、周瑜、安らかに眠れ・・」

 

※さりげなく右手を挙げてガッツポーズする司馬懿

 

 

陸遜「公瑾センパーイ(泣)!!」

 

 

Kawauso「救護班、ドクター華佗を大至急!!」

 

 

※スタッフルームから、スタンバってた華佗がやってくる

 

 

華佗「なんじゃ、救患か? ふむふむ、、こりゃ貧血じゃな

よし、医務室へ運ぶぞェ」

 

ナレーション:おおーーっと!ここで周瑜、まさかの医務室送り!!

地味に嫌な男、司馬懿、宣言通りに周瑜を倒し場外に追いだしたー!

さあ、脱落者が出ても、朝まで三国志は非情なノンストップ!

激論は続くよ、朝までも、さぁ次には、どんな展開が待っているのか!

ここで一旦、CМだっ!!

 

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つづく(第8部 26日(日) 01時30分配信開始)

次回記事:朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第8部




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