魏ファン必見!曹操廟の功臣たち、二十五功臣はどうやって選ばれたのか?

2021年7月7日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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曹操のお墓(曹操高陵)

 

今回は曹操(そうそう)のお墓の話……とは言っても、曹操のお墓が何だかからくりめいていたとか、夜な夜な曹操が蘇るとか、そういうホラーな話ではございません。

 

死期を悟る曹操

 

曹操の墓である曹操(びょう)に祀られた、曹操の功臣、ひいては魏の功臣たちのお話です。これは中々答えが出ない謎だらけのお話ですので、皆さんもぜひ考えて見て下さい。

 

曹操廟の二十五功臣

司馬懿を欲しがってた曹操

 

さて「曹操廟の二十五功臣」とは。これはざっくり簡単に説明してしまうと、曹操の功臣、ひいては魏の建国に尽力してくれた家臣たちを表彰しちゃうぜ!というお話です。

 

曹操・曹丕・曹叡の3代に仕えた朱霊

 

この話が出た時には既に曹操のみならず、曹丕(そうひ)もこの世にはおりません。スタートは曹操の孫に当たる曹叡(そうえい)の時代です。ではその表彰された家臣たちをざっと見てきましょう。

 

二十五功臣

曹操と夏侯惇

 

233年

夏侯惇(かこうとん) 曹仁(そうじん) 程昱(ていいく)

 

魏の夏侯淵

 

243年

夏侯淵(かこうえん) 曹洪(そうこう) 曹休(そうきゅう) 曹真(そうしん) 夏侯尚(かこうしょう) 鍾繇(しょうよう) 華歆(かきん) 王朗(おうろう)

 

最終的には協力して戦う李典や楽進と張遼

 

桓階(かんかい) 陳羣(ちんぐん) 張遼(ちょうりょう) 楽進(がくしん) 張郃(ちょうこう) 徐晃(じょこう) 朱霊(しゅれい)

 

ホウ徳(龐徳)

 

李典(りてん) 臧覇(ぞうは) 文聘(ぶんぺい) 典韋(てんい) 龐悳(ほうとく)

 

荀攸

 

244年

荀攸(じゅんゆう)

 

郭嘉

 

262年

郭嘉(かくか)

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

二十五功臣は以上の人物たち、年代は祀られた年です。さて皆さん、これを見て何か思いませんか?

 

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郭嘉特集

 

魏の功臣の中にいないじゃないか!

ポイント解説をするセン様

 

ええ、これに尽きると思います。魏の功臣と言われるべき名高い人物たち、その中に「推し武将」がいなければ「なんでだ!」と声を荒げたくもなるでしょう。

 

曹操と曹丕

 

しかし忘れてはいけないのはこの人物たちを選んだのは曹操や、曹丕ではなく、もっと後の時代の人たちです。このためこの選ばれた二十五功臣は、後の世で様々な憶測を呼ぶこととなっています。

 

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二十五功臣が選ばれた時

曹仁

 

因みにスタートの233年は曹叡の代で、この時に選ばれたのは夏侯惇・曹仁・程昱の三名です。彼らが由緒ある最初の功臣たちと言えるでしょう。

 

曹芳

 

また大量に選出されている243年は曹芳(そうほう)の代でこの二回目で数多くの功臣たちが選出されています。そしてこの曹芳について、ちょっと気になる点があるのです。

 

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由来の謎

曹芳

 

曹芳は魏の三代目皇帝ですが、二代目の皇帝である曹叡の子ではありません。曹叡の子が相次いで夭折(ようせつ)していたので、親族の曹詢(そうじゅん)と曹芳の兄弟を養子に迎えて、皇太子候補として養育していた人物です。しかし正史に置いて誰の親族かははっきりせず、立場の危うい人物とも言えます。

 

冗談も言えないほど超真面目すぎる仲弓(文官)

 

そんな彼が突如功臣たちを大量任命したのは、政治的な理由があったのではないでしょうか。後ろ盾がなく、その立場がしっかりしていないからこそ、何か仕事を成し遂げ、臣下に慕われる必要があります。

 

ストイックすぎる仁徳者・顔回(文官)

 

そういう意味では「建国の功臣」を任命することで、褒賞を与えた……言い方を悪くすれば、功臣たちのご機嫌取りをやったのではないかと思います。だから、曹操の功臣というにはちょっと首を傾げる人物たちも選ばれてしまったのではないか、と思うのです。

 

急ぎで功臣たちを選出したと言うなら、この大量選出と後の年の荀攸選出もおかしなものではないからです。

243年との比較

主観が入りまくりな裴松之

 

さて翌年、功臣に新しく荀攸が追加されていますね。これに対しては裴松之(はいしょうし)先生も「鍾繇を先にして荀攸を後にしたとかイミフ(意訳)」というお言葉を述べています。

 

荀攸

 

荀攸、鍾繇(しょうよう)のそれぞれの貢献度数を細かく考えずにおいても、二人ともそれぞれ魏に貢献した人物。ましてや鍾繇と荀攸は親友であったとも言われており、並べて追加してもおかしくありません。これはやはり荀攸の追加漏れ、急に功臣選出をしたからではないでしょうか?

 

朱霊

 

もっと言うなら曹操を良く助けた(きょ)チョは追加されていないのに、曹操にやたら嫌われていた朱霊が追加されているのも不思議です。

 

三国志を語るセンさん

 

これら点から考えても、筆者はこの功臣選出はあくまで政治的な計らいであり、実際に功臣かどうかはそれほど意識されていないのではないか……と思うのですが、皆さんはどうお考えですか?

 

ぜひ、色々と楽しく考察して下さればと思います。

 

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今日の裴松之先生

歴史書をつくる裴松之

 

さて最後に今日の裴松之先生を。裴松之先生はこの功臣たちの選出に一言述べており、その中でも面白いのが

 

「程昱を祭って郭嘉を何で残したんだよ」

「典韋が乗ってて許チョおらんとか意味わからんくない?」

 

などのコメントを載せてくれております(超意訳)。

 

裴松之(歴史作家)

 

これらから考えるに、やはり後世の人たちから考えても功臣二十五臣は謎が多く、考察してしまうテーマの一つなんだと思いました。もしかしたら「二十五名に加えるなら」……なんて言うのも、面白いかもしれませんね。

 

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三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

考えれば考えるほど選出理由が良く分からなくなる功臣二十五名。

 

勾践(こうせん)

 

筆者の考えた答えの一つとしては「選出した人そこまで考えてなかったんだと思うよ」が真っ先に思い浮かびます。それを抜きにして考えると、やはり当時の政治情勢が大きいのかな、とも思います。

 

皆さんはこの功臣二十五臣、どうお考えですか?

ぜひ一度、考えて下されば一興です。

 

センさんのとぷんver2

 

ご一緒にどうぞ三国志の沼に……ちゃぷり。

 

参考文献:魏書明帝記 斉王紀

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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