そんな三国に、あなたがもしお仕えするなら、どこがいい?
今回は、そんなお話です。
※なお、曹操が君主の頃には魏は魏として独立していませんが、
ここでは陣営としての「魏」を国家としての「魏」に代替可能として仮定します。
圧倒的魅力に富んだ魏
私がもしも三国のどれかに仕えるなら、絶対に魏に仕えたいと思います。
それにはいくつかの理由がありますが、
それを見れば、皆さんも魏がどれだけ仕官するに適した国か、お分かりになるでしょう。
敵をも受け入れる懐の深さ
さて、これは曹操(そうそう)の話になりますが、彼は自分の敵であった武将や軍師を何人も自分の軍門に下らせています。
代表的なのは、張遼(ちょうりょう)、賈詡(かく)といったところでしょうか。
たとえば、張遼の場合、彼は呂布(りょふ)の部下きっての勇将でした。
そんな彼も、呂布が曹操に敗れて捕らわれるとともに捕らわれてしまいます。
しかし、曹操は首を斬る直前、陳宮(ちんきゅう)と張遼に尋ねました。
「我が配下に加わる気はないか?」
陳宮は首を横に振り、張遼は頷き、それで二人の運命は決しました。
陳宮は殺され、張遼の命は助けられました。
張遼はこのことを生涯恩に着て、曹操のために懸命に戦ったのです。
その張遼の活躍ぶりは、三国志を紐解けば一目瞭然でしょう。
このように、元は敵であった者に対しても、偏見なく、才能があると思えば自分の部下に来いと言うのが、曹操の良いところです。
まあ、あまりの人材オタクぶりに、徐庶(じょしょ)のような悲劇も生まれるのですが……。
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内政重視主義
さて、曹操の時代と違い、曹丕(そうひ)の時代になると、だいたい三国の境界も決まって、情勢が落ち着いてきます。
そこで、二代目の曹丕は内政を重視しました。
曹丕の内政は、たいへんしっかりとしていて、どちらかと言えば文官を重視したといえます。
ここで、それまで蔑ろにされてきていた文官の生きる場所が出てくるのです。
どちらかと言えばインドアな筆者は、この時代の魏にお仕えできたらな……とひそかに思っております。
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版図の広さ=財政収入の大きさ
魏は、三国の中では明らかに一番大きい領土を獲得しています。
ということは、税制の単位が穀物だったこの時代において、つまり、一番多くの税制収入を獲得できるということ。
漢時代の貴族たちも多くは魏に属していますし、魏が一番裕福な国であったということは間違いないと思います。
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政権も安定していた魏
呉では晩年に孫権(そんけん)の後継者争いが起こり、これが血で血を洗う内部争いに発展します。
それまでは落ち着いた政権運営をしてきた孫権の、最期にして唯一の汚点です。
一方蜀では、ご存じ二代目の劉禅(りゅうぜん)は才能がなく、全然頼りがい無し。
孔明が早世してからは目立った文官もおらず、蜀は斜陽の一歩を辿ります。
また、北伐と称して何度も魏に攻め込んでいるので、そこでかかった軍費もかなりのものでしょう。
劉備がいた頃の蜀はきらめいていますが、その後は、こんな感じだったのです。
仕えている官吏たちは、三国の中で一番苦労したことでしょう。
そう考えると、魏の政権は比較的安定しているといえます。
曹操の後継者争いが曹丕と曹植(そうしょく)の間で起きてはいますが、これも国中を二分する、
というほどのものではありません。
その後は、しばらく何ごともありません。
次に問題が起きるのは、曹操の曾孫の代、曹芳(そうほう)のとき。
この曹芳は曹叡(そうえい)の養子であり、政治的に何の権力もなく、
権力は全て曹爽(そうそう)が握って権威をふるっていました。
しかし、これに対して老齢の司馬懿(しばい)がクーデターを起こし、見事成功。
曹爽派の人間たちは次々と粛清されます。
司馬氏が権力を握って以降は司馬氏に対立する人間が次々と暗殺されたりと物騒な状態になりますが、
それまでは、官吏にとって比較的安全な国であるといえましょう。
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三国志ライター秋斗の独り言
こうして見ていくと、文官として内政に関わりたい筆者としては、一番安全なのは魏のように思えます。
収入も安定していただけそうですしね。
もちろん、呉や蜀にも良さはあります。
孫権の若かりし頃の呉は民政が安定していて、若者の登用にも積極的、
かと思えば孫堅(そんけん)時代からの老将も現役で活躍し続けることができる、理想の職場です。
蜀も孔明に内政の才能があり、英雄も多く、あの関羽の下で働いてみたい!という方も多いのではないでしょうか。
さて、これを読んだあなたは、一体どの国で働きたいですか?
そういった変わった視点で三国志を見てみるのも、ひとあじ違った楽しさをもっているのではないでしょうか。
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