108話:三国志を牽引した風雲児曹操、志半ばで死ぬ


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呂蒙

 

荊州の呂蒙(りょもう)から、関羽(かんう)の首を送られた孫権(そんけん)は、大慌てします。

「呂蒙!早まった事を、関羽は劉備(りゅうび)の義弟、我々が関羽を斬ったとしれば劉備は怒り狂って、呉を攻めるに違いないぞ!」

うろたえた孫権は、関羽の首をそのまま、許都の曹操(そうそう)に転送しました。

 

前回記事:107話:関羽の死|桃園三兄弟の悲しい別れ


何で孫権は関羽の首を曹操に送ったの?

関羽 死

 

荊州奪還の作戦は、曹操の提案に乗っただけであって、呉から始めたのではないから、関羽の首は魏に送ると責任転嫁したのです。

「関羽・・赤壁以来だのう、とうとう、首になってワシに会う羽目になったか・・」

 

曹操は、関羽と自分の奇妙な因縁に思いを致しながら、かつて部下であった関羽の為に、盛大な葬儀を執り行わせました。この辺り、自分に尽くしてくれた相手には、相応の厚遇をする曹操の性格が垣間見えます。

 

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関羽の亡霊に悩まされる曹操

関羽 男だち

 

しかし、この直後から曹操は、関羽の亡霊に悩まされるようになり、急激に、健康を害して衰弱していったと三国志演義には出ています。ですが、曹操が関羽の首をぞんざいに扱ったならまだしも、丁重に葬ったものを義理堅い関羽が祟るでしょうか?いかに蜀ひいきの三国志演義とはいえ、このような関羽の扱いは関羽の男を下げるだけに思えてなりません。

 

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実際の曹操は亡霊に悩まされたの?

射抜かれる曹操

 

実際の曹操は、この頃から原因不明の片頭痛に悩まされるようになります。その病状から考えて、悪性の脳腫瘍ではないかと考えられていますが、現代でも治療が困難な脳腫瘍が、曹操の命を縮めたのでしょう。さて、この頃、曹操は、自分の死期を悟り、後継者を誰にするかを考えていました。


後継者を誰に決めるか悩む曹操

曹丕 曹植

 

順番でいけば、曹丕(そうひ)なのですが、曹操は曹丕の陰険な性格を好きになれず自分と同じく、詩文の才能に秀でた曹植(そうしょく)を後継者にしたいと思っていました。そこで、重臣の賈詡(かく)を呼んで、後継者の助言を請いました。しかし、賈詡は黙って空を見上げるばかりで答えません。

 

「何を空ばかりを見ておる、余の質問に答えよ」

「失礼致しました、実は、袁紹(えんしょう)や劉表(りゅうひょう)の末路を考えておりました」

 

賈詡の発言に曹操は、かつて、後継者争いで、家を傾けた、袁紹や、劉表の末路を思いだしました。

 

「ふっ・・あの頃、余は、後継者でごたごた揉める、袁紹と劉表を嘲笑ったものであったが、今、自分が同じ事をしようとしておる・・人間、己の事は分からぬものよ」

 

曹操は、こうして後継者を曹丕に決定します。その頃から曹操の病は急激に重くなりました。

 

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曹操は自身の遺言を残す

曹操死んでもヨメを・・・

 

曹操は、名だたる重臣達を集めて、自身の遺言を残しました。

 

「今は非常時である、余の葬儀に、3年も5年も掛ける必要はない葬儀が済んだら文官は、ただちに持ち場に復帰せよ、武官は、鎧を着て矛を取れ、天下はまだ定まってはおらぬその事を肝に銘じておれ・・・。余の葬儀に、贅沢な服飾品を入れて人民に余計な負担を掛けるな埋葬は普段着でよい、副葬品など何も要らぬ」

 

どこまでも現実主義で、虚飾を嫌う曹操の性格が遺言にも出ています。

 

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曹操の最期

曹操 死

 

曹操は、次第に昏睡状態に陥る事が多くなりました。手の施しようがなく、ただ、黙って曹操を見守る親族に、目を覚ました、曹操が呟きました。

 

「ああ、馬の蹄の音が聞こえる、、勇ましい軍鼓の音も、、志を立て、この大地に立った時から、何と長い戦いの毎日だった事よ・・」

 

それっきり、曹操は目を閉じて、二度と動く事はありませんでした。曹操孟徳、死去亨年65歳宦官の孫として生まれ、徒手空拳の中から、ライバルを滅ぼし一代で魏の礎を築いた男の静かな最期でした。

 

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次回記事:109話:曹丕が献帝を廃し魏を建国

 

 

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