五虎将軍の一人、黄忠(こうちゅう)を失った劉備(りゅうび)は、
自ら先陣に立つ事を決意します。
馬良(ばりょう)や、黄権(こうけん)は、「危険すぎる」として
これを止めますが劉備は聞きませんでした。
孫権は張達と范彊を劉備軍に送り返す
一方、呉の孫権(そんけん)は、自軍の旗色が悪いので、先に呉に投降していた
張達(ちょうたつ)と范彊(はんきょう)を劉備の下へ送り返します。
「この通り、張飛(ちょうひ)将軍を斬った二名は、お戻し致します。
どうか、この辺りで軍を引いて下さい」
いわば、呉からの詫び入れですが、劉備は聞く耳を持ちませんでした。
哀れ、范彊と張達は、折角生き延びたのに蜀軍の手により斬首されます。
さて、いかに劉備軍の怒りの猛攻があるとはいえ、
呉軍の動きが鈍いのには別の理由がありました。
関連記事:あの張飛がデレデレ?張飛が愛した愛馬
関連記事:ちょっと悲しい桃園三兄弟(劉備・関羽・張飛)の最期
呉軍の動きが鈍い原因は陸遜だった
それは、呉の守備軍を率いる陸遜(りくそん)が原因でした。
陸遜は、荊州において関羽(かんう)を討ち取るのに功績があったので
孫権に気に入られ、死去した呂蒙(りょもう)の後を継いで大都督になっていました。
そして、劉備が関羽の仇討ちと荊州奪還を狙って呉に攻めてきた時の、
防衛軍の総大将を担当していたのです。
が、、陸遜は、名門の生まれではあっても、功績が認められたのは最近、
保守的な呉の重臣は皆、陸遜を軽んじていました。
関連記事:100年に1人の逸材|陸遜(りくそん)の生涯をたどる
関連記事:病気の呂蒙を穴から見守る孫権
陸遜が率いている軍団はベテラン揃い
陸遜が率いた武将達は、朱然、(しゅぜん)、潘璋(はんしょう)、宋謙(そうけん)、
韓当(かんとう)、徐盛(じょせい)、鮮于丹(せんうたん)、孫桓(そんかん)
というような、ベテランや孫権の血族であり、皆、プライドが高いのです。
この間まで、ぺーぺーだった陸遜に服さないのは当たり前でした。
陸遜は止むなく、孫権から預かった剣と印授を見せて、
「私の命令は、殿の命令と心得よ!!」と脅すような事をして、
部下を統制するような有様でした。
関連記事:沢山の人材を発掘した呉の孫権
関連記事:遅れてきた呉の英雄・孫権の才能とは?
士気の高い劉備軍は次々と呉軍を突破
一方で劉備は、先頭を切って、荊州の領内深く、攻めこんでいきます。
何十年という劉備の戦歴の中でも、この戦い程に順調な戦いはありません。
当たる敵、当たる敵は、皆少数で、蜀軍の攻撃に耐えきれず、
次々に、敗北していきます。
「なんと、手応えのない、呉将、陸遜は余程の腰抜けなのか」
劉備は、ぶつかっては砕け散っていく呉軍を見て、不思議がりました。
もちろん、呉には、強硬意見もありました。
「大都督!いつまでも、兵力を小出しにしないで、大兵力を結集して、
一息に打ち破りましょうぞ!!」
どんどん、荊州の領土深くに入り込んでくる蜀軍に呉の武将達は、
地団駄を踏んで悔しがります。
反撃を許可しない陸遜、その理由とは?
「まあ、待て、私には計略がある、、今は動いてはならない」
どれだけ武将達に、つきあげられても、陸遜は総攻撃を許可しません。
蜀軍の猛攻は続き、呉の陸遜は撤退を重ねていきます。
劉備は、長江を船で渡って、呉の領地に入り込みました。
「もう、駄目だ、陸遜は臆病者だ、、これで呉は滅ぶ!」
呉の将軍達は絶望して陸遜を見限るものまで出ました。
しかし、この撤退作戦こそ、陸遜の計略だったのです。
次回記事:115話:蜀キラー陸遜、火攻めで劉備を打ち破る!夷陵の戦い完結編
よく読まれている記事
よく読まれている記事:頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?
よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由
よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部
よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?
この記事を書いた人:kawauso
■自己紹介:
どうも、kawausoでーす、好きな食べ物はサーモンです。
歴史ライターとして、仕事をし紙の本を出して大当たりし印税で食べるのが夢です。
もちろん、食べるのはサーモンです。